『弟子入り!マネたまくん』モンドくん(イラストレーター編) | マネたま

『弟子入り!マネたまくん』モンドくん(イラストレーター編)

弟子入り!マネたまくん

2017/11/08
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今回、弟子入りさせていただくのは……

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2003年に福岡で生まれる。3歳の頃から個性的な絵を描き始め、小学生にあがると夏休みに描いた絵がコンクールで入賞を果たす。同時期に週末は似顔絵屋さんとしての活動もはじめる。その独特なスタイルの絵がSNSで広まり、2014年には初の画集「モンドくん」(PARCO出版)を発表。また、雑誌「ヨレヨレ」の表紙や、東京新聞「人生へろへろ」の挿絵などの連載を担当するようになる。現在、ミュージシャンである父ボギー氏が選んだ人物を毎日一枚描き、親子日記としてブログに発表し続けている。ブログ『モンド今日の絵

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ボギーさん
ミュージシャンとして日本各地を周り続けている。モンドという名前はイタリア語の「MONDO」(世界)から取ったという。
ブログ『ボギーの悪趣味音楽作法

何気なく描いていた絵が周囲を驚かせた

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ボギーさん 最初は何気なくクレヨンとかペンを持って丸や点を描いて遊んでたんですよね。そのうちに線路や車、怪獣を描き始めて、ちゃんとした輪郭のあるものに変わっていったんです。何を描いているか形が見え出した時に、凄く線と色の感覚がかっこいいって思ったんです。それで面白いからアクリル絵の具とか大人が使うような画材を持たせたら、ますますビビッドな色使いと大胆に太い線と細かい線を使い分けるようになって。それをSNSにアップしたら周りからの反応が良くて、4歳で小さいカフェで個展をやるようにまでなったんです。

ボギーさん 僕もグラフィックデザインの仕事をしてたので、モンドの絵を見て、これはイベントのポスターに使えるんじゃないかとか思っていました。ただ、描くものはモンドに任せてたんです。モンドが描いて楽しいと思うものを描かせていて。それで描き上がったものを見て、これ何?って聞いたら、ちゃんと説明してくれるんですけど、その発想が面白いんですよ。こっちが逆に刺激を受けるぐらいで。モンドは小さい頃からやんちゃでうるさくて落ち着きのない子だったんですよ。でも、絵を描いてる時だけめちゃくちゃ集中力があるんです。我が家のルールに楽しいことは続けるっていうのがあるので、絵だけはずっと続けさせてます。

ブログ『モンド今日の絵』が都築響一氏に「発見」された

「楽しいことを続ける」そんな家庭のルールが育てた小さな画伯。しかし、ある日、絵が「つまらなくなってしまった」と言います。そんなモンドくんを救った父・ボギーさんの一言とは!?
また、モンドくんが、その名を日本中へと広めるようになった背景にはいったいどのような出会いがあったのでしょうか。

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――幼い頃から驚くような画力を持ち合わせたモンドくんですが、小学校にあがってもその画力を発揮し続けたのでしょうか?

ボギーさん 小学校に入学した途端に描く絵が全く変わっちゃったんですよ。つまらなくなっちゃった。教室に飾られている友達の絵を真似したような絵になっちゃって。太陽は赤、空は青、地面は茶色、人は肌色。みんながやってるのを真似してるだけだから、つまらないなって。それで一回、太陽が赤い時は空も赤だし、太陽は黄色くなる時もあるよなって話をしたんです。

――モンドくんはその時のこと覚えてますか?

モンドくん 覚えてます。自転車で病院に漢方薬を取りに行く途中に話してくれました。

ボギーさん そうそう。「光で世の中のものはいろんな色に見えるだろ?正解はないから好きなように塗ったらいい」ってモンドに言ったんですよ。で、その年の夏休みの宿題で描いた絵がコンクール入賞を果たしたんです。そこからモンドも絵が勢いづいてきて、また個性的な絵を描くようになりました。それでビートルズのジャケットとかを描かせているうちに、遊びがエスカレートして、週末にライブハウスの中で似顔絵屋さんを始めたんです。三年生の時だったかな。それがSNSで広まって、「モンド画伯」って呼ばれたりして。

――そこから世の中へ名前が知られていくようになるきっかけはどのようなものだったのでしょうか?

ボギーさん 2013年には雑誌『ヨレヨレ』の表紙を描かせてもらうことになるんですが、それが一つのターニングポイントとなりました。『ヨレヨレ』の編集者の鹿子裕文さんが近所に引っ越してきたんです。その引っ越し祝いにモンドが鹿子さんの似顔絵を描いたら、喜んでくれて。

ある日、雑誌を作ろうと思うんだけど、表紙はモンドが描いた宮崎駿の絵にしたいって申し出てくれたんです。その雑誌が福岡の本屋さんで異様なくらい売れまくったんです。1年を通してずっと1位で。それがきっかけでもともと無名だったモンドの絵が全国的に知られるようになりました。

また、同じタイミングで都築響一さんから「ブログを見て……」と突然連絡が来たんです。なんの面識もなかったんですけど、すぐに飛んできて、取材させてくださいって。モンドの絵と絵を描く部屋を見た都築さんは大興奮で。それから、メルマガやトークショーで、モンドの絵を見せまくってくれたんです。サブカルチャーシーンに広めてくれたんですね。それで、その都築さんのメルマガを見たPARCO出版の方から、出版の話が来て、2014年に初の画集を出すことになりました。

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