2017/05/08 公開

なぜ古代エジプト王国はピラミッドが必要だったのか

人と歴史の動かし方~古のリーダーたちのマネジメント術~その8

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「エジプトのピラミッド」は、実際に見たことがないとしても、誰もが存在を知っているに違いありません。
その巨大な四角錐の建造物は、これが古代の人の手で作られたという事実とそれを可能にしたエジプト文明の偉大さと共に、現代人に強烈な印象を与えます。
一般的に「ピラミッド」と言われて人々が想像するのは「ギザの三大ピラミッド」と呼ばれているもので、クフ王・カフラー王・メンカウラー王のもの。その他大小のピラミッドがエジプト各地に138基見つかっていますが、長い年月を経てボロボロになっているものが多数を占めています。
古代ギリシアの人々もピラミッドの魅力に取りつかれており、ヘロドトスが記した『歴史』の第2巻「エウテルペ」には、ヘロドトスが現地で取材したエジプト文化やピラミッドについての詳しい記載があります。しかし約2500年前にはピラミッドは既に「伝説の存在」となっており、何のために作られたかも忘れ去られていました。

それにしても、なぜ古代エジプト王国はあれだけの巨大な建造物を建てる必要があったのか、気になりませんか?
今回はいつもと趣向を変えて、「なぜピラミッドが作られたか」という謎から、ピラミッド建設を可能にした古代エジプト社会についてまとめていきます。

ピラミッド建設に従事したのはわずか4,000人?

長い間、「ピラミッドは強制的に集められた奴隷の手によって作られた」と信じられていましたが、実際はそうではなかったことが知られるようになってきました。
ピラミッド建設にあたったのは奴隷ではなく、エジプト各地から集められた「村の若い男たち」です。
古代エジプトは完全なヒエラルキー社会であり、その頂点にファラオ(王)が立ち、ファラオの下に位置した官僚たち(主に知識人階級で構成)が国家運営を担当していました。政府の「ピラミッド建設担当役人」は、エジプト各地の村々を回って地方長官や村長らと協議して徴用する若い男を選出。彼らを輸送船に乗せて建設現場まで連れて行きました。建設に携わる期間は大抵短く、村の男たちが順繰りに建設業務に携わっており、今で言う「徴兵制」に近いものでした。
彼らは建築人夫専用の宿舎に住まい、決まった時間働き、労働を終えると充分な食事を与えられていました。ヘロドトスは「労働者には大根、たまねぎ、ニンニク、ニラが支給されていた」と述べており、精が付く食事が提供されていたと考えられます。労働中に怪我をした場合は、当時最も先端的な治療を受けることもできたし、10日に1日は休息日もありました。
「死ぬまで鞭打たれて働く」という感じではなく、そう悪くない労働環境だったようです。しかし、忙しい農耕の合間の徴用は嫌なものだったらしく、村役人にこっそりカネを掴ませて徴用リストから外してもらう者もいたようです。

では、ピラミッド建設のためにどのくらいの労働者が働いていたのか。
クフ王の大ピラミッドは230万個の石のブロックで構成されており、1個のブロックの重さは平均で2.5トン。ヘロドトスが「大ピラミッドは20年で建設された」と書いていることや、「トリノ・パピルス」と呼ばれる文書では「23年前後」と書かれていることから、おおよそ20年〜30年で建築が完了したのは確かなようです。1日10時間ほど働いていたものとして計算すると、約2分に1個を上回るペースで石が積まれていた計算になります。
ヘロドトスは「約10万人が建設に携わった」とも記述しており、確かにこれだけのペースで建設を進めるには超・人海戦術じゃないとできない気もします。

ですが、近年の研究の結果、建設は細かく分業化されていたため想像以上に効率的に進んだと考えられています。「石の切り出し」「運搬」「積み上げ」の工程で担当役割が細かく分業され、各チームは専門の役割が与えられました。例えば、軌道レールに乗せた石をA地点からB地点に移動するだけのチームがあり、B地点に達すると次のチームにパスをする。次の運搬チームはB地点からC地点に運搬する。そういった流れ作業でピラミッド建設は非常にマニュアル的に建築されていったわけです。
作家ケヴィン・ジャクソンとジョナサン・スタンプは「建築現場で働いた労働者はおよそ4,000人、支援要員として2万人」が同時に従事していたと計算しました。想像するよりはるかに少人数ではないでしょうか。当然、20〜30年の全期間で考えると関わった人数はより多くなりはしますが。

それにしても、なぜ古代エジプトの人たちはファラオから底辺の労働者まで一丸となってピラミッド建築に当たったのでしょうか。
その疑問を解く鍵は、古代エジプト人が持っていた道徳概念「マアト」にあります。

古代エジプト人の道徳観念「マアト」

「マアト」とは古代エジプト人の行動の規範とされていた道徳概念で、時代によって変わることのない絶対的な善とされたものです。直接的な意味は「宇宙の絶対真理」とか「絶対正義」「個人の倫理」みたいな意味で、個人の社会的地位に応じてふさわしい生き方をしないと死後は復活できないと考えられていました。
古代エジプトでは、死んだら誰でもまず裁判にかけると信じられていました。
すべての人間がまずは心臓を取り出されて秤にかけられる。マアトの羽かマアト女神像と同じ重さであれば合格。もしバランスが崩れれば、アメミトという怪物に食われて永遠に復活しないという「無限地獄」に落ちるとされていました。
「マアト」の規範はファラオも底辺の労働者も適応されるものであり、それぞれの階層のマアトのルールに従って生きないと「死後復活できない」と考えられたのです。そこに貴賤の差別はありませんでした。
人は死後「カー」となります。カーとは霊魂という意味だけでなく、先祖代々受け継がれてきたDNAのような意味を持ちます。王のカーはエジプト国民全ての父であり、全人類の生命と同列であると考えられました。
死後にカーは肉体から離れ、母なる「生命エネルギー」のもとに帰る。王の魂はその後、「世界に規範をもたらす」ために「バー」という秩序をもたらす存在となって復活する必要があります。しかしその事業を成すには肉体がないと叶わない。そこでミイラにされた旧き肉体が準備されるわけです。
次いでファラオは「宇宙を統治する存在」となるため、天空の女神ヌトが治める星の世界に昇天する必要があります。ファラオが星となるためは、星の世界に加わるための儀式がピラミッド内で行われる必要があり、ここにおいて「カー」と「バー」は変容し「アク」という「宇宙の一部」となり、ここにおいて地上の生けるファラオの先祖であり、地上の秩序を統括する存在ともなり、また星となって宇宙の運営も行う存在となるわけです。
古代エジプトの中でこのような「マアト」に基づく運営ルールが存在していたため、人々はマアトから外れない生活をする必要があり、ファラオもまたマアトにもとづいた政治を行っていました。
エジプト研究の権威・吉村作治氏が言うには、マアトは古代エジプト人を強烈に縛っていたため、この倫理観から外れるような暴君はあまり現れず、安定的な治世がずっと続いていったと考えられるそうです。
では、ピラミッドはそのような古代エジプト社会の中で、どのような役割を担っていたのでしょうか?

王国を維持するための装置としてのピラミッド

ピラミッドの目的には様々な説があります。
昔から言われているのが「王の墓説」で、その他には「天文台説」や「堤防説」「公共事業説」など様々に説があります。
ただ、墓と言い切るのも充分でないし、天文台や公共事業と言い切るのも違う。どれもピラミッド建設の目的の一部しでしかないのです。ピラミッドはずばり、「古代エジプトの王国を維持・運営するための巨大な装置」であったのです。

ファラオの死後、遺体はピラミッドに安置されますが、ただ遺体が収められるだけでなく、先述の通り王はここから星の世界へ旅立ち、「アク」という宇宙の一部となります。ピラミッドは王が宇宙の一部となるように極めて高度な天文学的な知識を駆使して建設されたわけです。
古代エジプトでは「王が死ぬ」ことは、この世を混沌が覆うことにつながり、イコール悪が世を覆うことを意味しました。世の秩序を維持し、人々が変わらず平和な生活を送るための秩序を維持するのがファラオの役割であります。
それは生前だけでなく、死後もファラオは宇宙の一部となって王国の繁栄を維持させるための役割を担うことを期待されたため、正確な知識に基づく「宇宙への発射装置」は王国の維持発展と不可分と見なされました。そして、「マアト」の文脈の中で王国の維持発展に寄与するのはエジプトの臣民の義務であったため、死後の魂の安楽のために人々は辛いピラミッド建設の労働にも耐えたわけです。

まとめ

勿論、ピラミッド建設を可能にしたのはそれだけでなく、測量術、物理学、天文学、力学、数学などの学問があってのことであり、大量の人を効率的に働かせる組織運営や経理、物流などの管理体制も厳密でした。
しかし、そのような組織を構築する前提にあったのは「マアト」の規範に従って正しく生きることで死後の恐怖から救われたい、という思いであって、「マアト」自体は世を混乱が覆うことなく古代エジプト王国の安泰が未来永劫続くことを意図して考えられて作られた規範であったわけです。
「何のために働いているのか」。その答えを見いだせない現代人よりは、例えその規範が物語であったとしても、信じて生きていける方が幸せな気がするのですが、どうでしょうか。


参考文献
「図説 大ピラミッドのすべて」ケヴィン・ジャクソン,ジョナサン・スタンプ著, 吉村作治監修, 月森左知訳 創元社、2004年第1版
古代エジプトうんちく図鑑 芝崎みゆき basilisco、2005年第6版

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tamam010yuhei
1984年福岡県生まれ。 東京でサラリーマンをしながら、世界史の面白いネタを集めたブログ「歴ログ -世界史専門ブログ-」を運用。 神話の時代から現代まで、「面白い!」と思ったものは何でも収集。 最近注目している国はインドネシア。
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