ガンディー「人間の本質」を改革しようとした男

人と歴史の動かし方~古のリーダーたちのマネジメント術~その13

2017/10/17
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ガンディーと言えば、インドの独立を「非暴力・非服従」で成し遂げた指導者として誰もが知る人物です。
非暴力主義を実践し、それをインド民衆に広く定着せしめ、しかも独立という成果を上げたことは、人類史の中において特異であり、まことに輝かしい業績であります。
このガンディーの非暴力主義は世界中で多くの共感を呼び、キング牧師など多くの人権活動家・民主化指導者の模範になっていきます。
それまでおおよそ大部分の国では、独立の歩みは闘争の歩みであり、多くの血が流れ命を犠牲にして成り立ってきましたが、ガンディーは定石である戦いの道を選ばずに、「非暴力・非服従」にこだわりました。なぜガンディーが非暴力にこだわったかというと、彼はインドの独立のみならず、人類の真の平和を達成するために、「人間の本質」そのものを改革しようという意図をもっていたからです。
しかしながら、ガンディーの掲げた理想はあまりに高く、実際にインド独立後、彼の掲げたヒンドゥー教徒とイスラム教徒の和解は成し遂げられずイスラム教徒はパキスタンとして独立し、インドと泥沼の抗争を開始することになってしまいます。
高い理想主義にもかかわらず、多くの人に慕われ、現在でも信奉者が多いガンディーの思想とはどのようなものだったのでしょうか。

ガンディー思想とは何か

ガンディー思想がどのようなものか、その定義は様々な解釈がありますが、「社会改革の手段としての非暴力主義、人生を修行としてとらえる禁欲主義」ということになるかと思います。
「非暴力主義」は最も知られるガンディーの思想のひとつで、暴力を一切使わずにイギリスの植民地支配体制を終わらせ民族の自立を獲得しようというもの。支配者たるイギリスがいかに暴力を用いて活動を弾圧しようと、それに対して暴力で返してはならず、非暴力で抵抗しなくてはいけないというものです。

最もよく知られる運動は1930年の「塩の行進」です。
当時のイギリスはインドで流通する塩に対し7.8%の高い税金をかけていました。ガンディーはイギリスが設定する塩税を拒否し、インド人が自ら塩を作ることで、イギリスへの抵抗と支配からの脱却の意志を象徴的に表そうとしました。
アーメダバードのアシュラムからダンディー海岸までの380キロの行進を終え、海岸にたどり着いた一行は海水から塩を作るというパフォーマンスを行いました。当時は政府の許可を得ずに塩を作ること自体が違法だったので、当然ガンディーを始め運動に参加した者は逮捕されるのですが、皆おとなしく逮捕されていきました。このニュースがインド全土に流されると、各地で「塩の行進」が発生。塩の「密売」やイギリス商品の不買運動が発生しました。警官隊は武力でこの運動を鎮圧しようとしますが、人々は非暴力の姿勢を貫き静かに警官に逮捕され、その数は6,000人以上にもなりました。

「禁欲主義」でよく知られるのは、ガンディーがたびたび行っていた「断食」です。ガンディーはその生涯でしょっちゅう断食を行っていました。元々は母プトリバーイが日常的に行っていた健康法を真似したものでしたが、ガンディーは断食を生涯の中での修行の一つとして位置づけ、またイギリスに抵抗する武器として活用しました。

1918年3月、当時弁護士として活動していたガンディーは、アーメダバードの紡績工場の労働者から労働争議の指導を依頼されました。労働者は、工場主から不当に搾取されとても暮らしていけないとストライキを敢行します。ガンディーは工場主と労働者の間に立って調停しようとしますが、労働者側の中にガンディーが工場主と通じていると批判する声もあり、なかなかうまく進みませんでした。そこでガンディーは「労働者のために断食をする」と宣言します。「この労働争議で労働者が勝利を得るまで、私は一切の食べ物を口にしない」。
これは「私を死なせでもしたら、労働争議どころかもっと大きな問題になる」という脅し以外の何物でもありません。結局、ガンディーが断食を初めて3日後、工場主は労働者側の要求を受け入れ、労働者側の勝利に終わりました。

非暴力主義の根底にあるもの

ではなぜ、抵抗運動は非暴力でなくてはいけなかったのでしょうか。
実際のところ、インド独立の同志もガンディーの徹底した非暴力主義にはついていけない部分もあったようです。
後の初代インド首相でガンディーの弟子だったネルーも、たびたびガンディーの徹底した非暴力主義を批判し、
「我々が運動を推し進める前に、非暴力行動の理論と実践について、三億余りのインド民衆を訓練する必要があったのだろうか?」
と発言しています。
また、第一次世界大戦後のインド国民会議を共に支えたスバス・チャンドラ・ボースは、第二次世界大戦勃発後に日本軍の武力をもってインドからイギリスを駆逐しようと、インド国民軍を結成しインパール作戦にも参加しています。
しかしガンディーは独立を果たすには手段は選ばず、多少血が流れてもしょうがないといった考えには与せず、一貫して平和的な独立を目指しました。ガンディーが非暴力での独立運動の純粋性を守ろうとした理由は、「独立後も非暴力で平和的な国家を築いていくため」です。
仮に暴力で独立を果たしたとしても、独立後には必ず独立の過程で使われた暴力が頭をもたげてしまう。正しい目的のためには、倫理的に正しい手段をもって成し遂げられねばならない。
ガンディーは単にイギリスから独立することを目指しただけではなく、独立後の理想的な平和国家まで見据えていたわけです。
ただし、ネルーが指摘する通り、全てのインド国民がその趣旨を理解できるはずもない、というのも現実的にはその通りなのですが。

断食という抵抗手段

非暴力と並んで有名なガンディーの「断食」ですが、彼はなぜそれを抵抗手段として使ったのでしょうか。
実はガンディーの断食は、彼がその生涯を通じて追求した「禁欲主義」の一貫でありました。
実はガンディーは若い頃はかなり性欲が強く、父の死に際に妻と性交し臨終に立ち会えなかった上、妊娠中の妻の体を傷つけ流産させてしまうといった過ちを犯しています。30代を過ぎてからは、性欲に負けてしまう自らの理性の弱さを恥じ、常に欲望を封じ禁欲的に生きていくことを誓いました。
財産も権力も必要ないし、食も衣類も住居も最小限でいい。性欲も持たないし、子孫を残すことも望まない。
「争いは執着から生まれ、執着は欲望から生まれる」からです。
欲望を捨てることで人は他人に対して優しくなれ、人心が平和になることで世界中に平和が訪れるというのが、ガンディーが考える禁欲主義でした。
この考えを人々に伝えるために、何らか争いが起こった時にガンディーは断食を行い、禁欲という考え方を身をもって伝えようとしたわけです。

男という性を克服する

ガンディーが目指す世界は、「この世から一切の暴性を排除した平和な世界」です。そしてガンディーはその最大の障害が「男性の本性」にあると信じていました。
ガンディーは極端なフェミニストで、
「暴力欲・権力欲・性欲は男性特有のもので女性には無い」
「男性は女性を見習って生きなければならない」
とたびたび語っていました。
ガンディーはこの世に不幸をもたらす暴性は男性性からもたらされるものであり、平和を志向する女性の本性を全ての男性を持たなければならないと考えていたのです。
実際のところ、平和的な男性もいますし、歴史的に見ても争い好き・権力に狂った女性もたくさんいるものですが、ガンディーはある意味極端な考え方をしており、いかにして男性性を排除できるかの実験を自ら行ってすらいました。
ガンディーの妻カストルバーイは、亡くなる直前に「私が死んだ後、マヌーベン(ガンディー夫妻が養育していた姪)の母親代わりになってほしい」と言い残しました。
これをきっかけに、ガンディーは自らの男性性を乗り越える取り組みを始めました。ガンディーは幼いマヌーベンの子育てを、料理・洗濯・買い物・家事手伝い・髪の手入れなどなど、あたかも母親が自分の娘を育てるように献身的に行いました。
さらには、ガンディーは自らが男性の欲望を完全に捨て去ることができているか自らに課すために「裸の若い女と一緒に寝る」ということも行っています。
実際、これは当時でも相当に批判をされたようです。普通の人からすると、高名を借りた一種の変態行為にしか見えませんが、ガンディーからしたら、自分が男性性を乗り越え、性欲を捨て去ることができているかの確認であったのです。

まとめ

一個人としてのガンディーは、魅力的な人柄でカリスマ的ではありますが、一方で極端で浮世離れしたところがあり、彼の考え方を実践するのはかなり難しいと思います。
ガンディーの影響を受けたキング牧師の公民権運動のように、ある一時期の運動のためには有効な手段であるように思いますが、思想を継続し人間が普遍的に意志を貫いていくのは、すぐには困難です。
一方で、ガンディーが多くの人の心を打ち、歴史を変える働きをしたのも、その常識離れした思想の純粋さのためであることは明白で、ある種の「幼児性」や「純粋さ」「本能的」な感覚を持っているリーダーが常識をブレイクスルーすることができるということの証左と言えます。
そして、すぐには無理であるにせよ、かつてガンディーのような理想主義者が存在し、しかも世界中の共感を得て運動が拡大した、という事実が重要なのであって、ガンディーが理想とした社会が訪れるかどうか分かりませんが、そこを目標にして努力を重ねていくというプロセスが大事なのではないかと思います。


参考文献
母なるガンディー』 山折哲雄 潮出版社 2013年12月20日 初版発行
ガンディー 現代インド社会との対話 同時代人に見るその思想・運動の衝撃』 内藤雅雄 明石書店 2017年2月28日初版発行

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tamam010yuhei
1984年福岡県生まれ。 東京でサラリーマンをしながら、世界史の面白いネタを集めたブログ「歴ログ -世界史専門ブログ-」を運用。 神話の時代から現代まで、「面白い!」と思ったものは何でも収集。 最近注目している国はインドネシア。
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