クロサカタツヤの「インターネットの歩き方2017」

思い出す言葉

2017/02/02
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私がTwitterを止めた理由

――クロサカさんがTwitterを止められたのは、2014年8月31日ですね。そこから、情報の取り方は大きく変わられましたか? 

クロサカ そこまで大きくは変わっていないですね。というのも、Twitterに関しては止める最後の1-2年くらい、ほとんど情報源になっていませんでしたから。薄々感づいてはいましたが、ある時期を境にノイズが非常に大きくなった。それは、2011年3月11日以降のこと。SNSを巡る状況は、劇的に変化しました。

――3.11から最も大きく変わったことは、何でしょうか? 

クロサカ やはり東京電力福島第一原発事故の影響でしょうね。放射能という目に見えないものが日本社会に投げかけた影響は、非常に大きい。今でも、われわれはそのハンドリングに成功していません。福島に対するいわれのない差別は、今でも残っています。一方で、得体の知れない放射能に対して身構えてしまうのは、人間の防衛機制として正しいのではないかという感想も拭えません。
 
誰もが、その2つの狭間で悩んでいます。そうした中、3.11以降のTwitterで起こったのは足の引っ張り合い、石の投げ合い、そうしたものを前提とした政治的な主義主張の数々です。「こういうやり方で世間に物申していいのだ」とする人たちが、とても多くなりました。
 
その時点で大きな社会的関心を集める話題に、その人独自の正義感を振りかざし、社会運動の御旗に仕立て、敵を作り、徹底的にパージする。そういう流れがソーシャルメディア上でできたのは、3.11以降だったと思います。

――今でも、新国立競技場問題や豊洲新市場移転にまつわる問題でそうした言説を吐く人々が見受けられます。 

クロサカ その件でもそうですが、多くの人が「このツールは武器として使える」と認識しましたよね。ただ、こうしたソーシャルメディア発の社会運動で実質的な成功を収めたものって、実は1つもないんじゃないでしょうか。もしかすると、初の“成功例”はドナルド・トランプ氏かもしれませんが。

――それは炎上マーケティングという意味でしょうか。 

クロサカ そうですね。ただ、彼が大統領になったことで安定した社会になるかは別の話ですよね。それこそ『アラブの春』のように、表面上は成功に見えても、蓋を開けてみたら実は大失敗だった、といった社会が到来するかもしれない。多くの人は、不安定な状況になることを望んで彼に投票したでしょうか? そうではないと思います。
 
話をSNSに戻しますと、特にTwitterに関していえば、そこ経由での情報はもはや見ない方がいいくらいだと思っています。

――それは、どういう理由からでしょうか? 

クロサカ 端的に、あまりに立場の偏った情報が多すぎるからですね。タイムラインを眺めていると、常に「お前はどっちサイドだ」と突きつけられている気分になります。ただ、殆どの人は常に「自分はこちらだ」と主張することは難しいでしょう。主張したところで、1分後や1日後には変わっているかもしれませんし、それが当たり前だと思います。

「煽り耐性」「スルースキル」って必要なの?

――よく、インターネットを扱ううえで「煽り耐性」「スルースキル」が必要だと言われます。 

クロサカ 言わんとすることはよくわかるのですが、それは個人のリテラシーに期待し過ぎかなと。それって、「みんな頭良くなれよ」と言ってるのと変わらないと思うんですよ。
 
むしろ、利用者すべてにそうした能力が必要とされるシステムやアーキテクチャっておかしいと思いませんか? 実際、そう考える人が多いから、Twitterのユーザーは日本を除いて減っているのだと思います。日本だけがここまで増えていたのは、単にインターネットの普及に時間を要したことの裏返し、でしょうね。
 
Twitterに限らずSNS全般は、自分の人間関係によって作られたタイムラインが、自分のユニバース、テリトリーに見えてしまいます。「自分とは異なる価値観、あずかり知らない空間があちこちにある」ということを忘れさせてしまう構造になっています。でもそれを思い出させる瞬間は、いまのところ「炎上」という形でしか訪れない。

要するに、今起こっていることは「個人が受け止めきれる量、インパクトを超える情報が流通している」ということです。われわれは、歴史上どんな人類も経験していないことを経験している時代にいる。それは、強く認識されるべきだと思います。

――そうした話を踏まえて伺うのは気が引けますが、仮にクロサカさんが今からTwitterを再開する場合、どういった条件がありますか? 

クロサカ 以前のアカウント(@tekusuke)のように再開するということは、どんな条件になっても、やらないでしょう。あのアカウントは、乗っ取り防止のためにクローズしていません。なので、たまに見てはいます。そして「相変わらずだなあ」といってログアウトする。頻度は、1カ月に1回ぐらいです。DMを送ってくる人がごくまれにいるので、そちらに対応するぐらいですね。

――Twitter自体のアーキテクチャも、これ以上変わりようがないところまで来ているように思います。 

クロサカ 限界でしょうね。変えるタイミングも逸しました。アーキテクチャは、全体が成長している時にガラッと変えないといけない。いまやTwitterは全体では縮小しています。そんなタイミングでアーキテクチャを変えたら、みんな止めてしまう。それがわかっているから、Twitterはこれ以上動かしようがないんじゃないかな。

――いずれ立ち行かなくなる前に、どこかの企業が買収するかもしれませんね。 

クロサカ そうですね、あの場を必要とする人たちは確かにいます。場を否定する必要はない。丁寧に表現すれば、一種の“エスケープゾーン”としては大事な場所だろうし、「お好きにどうぞ」というふうにしておくことは大事だと思います。決して「Twitter爆発しろ」みたいな話ではありません。

ただ、ミュージシャンの山下達郎さんは、「(人間は)どんなに強靱な精神でも、結局1000の賛辞より1個の罵倒のほうが気になる動物」として、批評には一切目を通さないと宣言されています。もちろん、そういう経験があってもいいわけですが、それは相当にタフな話です。僕らは、生物的に「多数の人と向かい合って話す」認知構造になっていない。みんながみんな、不特定多数を意識する必要はないんです。

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