2017/05/16 公開

「日本は“いざ”という時に100%を出せない労働環境にある」幸野健一(アーセナルサッカースクール市川)

思い出す言葉

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「迷ったら人と違う道を行け」

――挙げていただいたのは「迷ったら人と違う道を行け」。この言葉を選ばれた理由を教えてください。 

幸野健一(以下、幸野) これは15年前に亡くなった父親に言われた言葉なんです。今回このインタビューを受けるにあたって、「一つだけ」ということだったので、この言葉を選びました。20歳くらいの頃かな、当時自分が進路に迷っていたこともあって、単なる一般論としてではなく人生の選択の指針になるような言葉として受け止めたんだと思います。

――人生の岐路に立っていた? 

幸野 このままサッカーを突き詰めてやっていくのか、父親がやっている広告の会社をやっていくのか。当時、Jリーグはまだない時代です。プロサッカー選手になるには、海外に行くしかない。父親の言葉を聞いて判断を変えたかというとそうでもないんですけど、振り返ってみれば言葉通り「人と違う道」ばかり歩いてきた気がします。

――現在は、日本初のサッカー・コンサルタントとしてサッカーに関わっていらっしゃるわけですよね。たしかに、誰もやったことのないことをやられていますね。 

幸野 サッカーか仕事か迷って、結局は父親の広告会社を継ぐことになるのですが、その会社でもビジネスの一環としてサッカーに多く関わってきました。2002年ワールドカップ招致委員会の案件では、青森県の招致活動としてペレを招き、サッカー教室を運営したりもしました。サッカーの方も、17歳でイギリスに留学してプロサッカー選手を志しました。プロ選手にはなっていませんが、今でも年間50試合プレーしています。かれこれ、もう40年以上ずっとですね。

――50試合以上を40年以上というのは、とんでもないですね! ビジネス面でもサッカーに積極的に関わるようになったのは何かきっかけがあったのでしょうか? 

幸野 4年前の夏、父親が亡くなった年齢について改めて考える機会があったんです。68歳でした。人間、いつどうなるか誰にもわかりません。1961年生まれの私は、今年で56歳です。父親の年齢を意識する歳になりました。「68歳まで何ができるか? 何をしたいか?」を自分に問いかけたとき、「誰かがやれることは、人に任せよう」と思ったんです。

――人と違う道を選んだわけですね。 

幸野 広告の仕事を辞めて、サッカー一本に絞りました。そしてこれまでサッカーと関わっていく中で見つかった日本サッカーの課題を、自分なりの方法で解決していくことにしたんです。はじめはメディア活動が中心でしたが、運良く市川市のこの土地を見つけることができ、いろいろなことが連鎖するように動き出したんです。

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PFIを活用してフィールド・オブ・ドリームスを実現

――サッカーに限らず日本のスポーツ環境では、グラウンド不足を課題に挙げる人も多いと聞きます。市川市に自前のグラウンドを実現した、PFIという制度について教えてください。 

幸野 PFIは、プライベート・ファイナンス・イニシアティブといって、公共施設等の建設、維持管理、運営等を民間の資金、経営能力及び技術的能力を活用して行う新しい手法です。うちのグラウンドの例でいうと、土地を市川市から有償で借りる。この土地は、かつては治水のために所有していたようなんですが、現在は休閑地になっていました。この土地を有効活用するため、ファンドを作って資金を募りました。次に一般社団法人・市川スポーツクラブを立ち上げてスクールの管理・運営を行い、アーセナルサッカースクールへ業務委託をするという仕組みなんです。

PFI自体は、イギリスのサッチャー政権下で肥大した公共事業、サービスを民間の資金やノウハウを投入する手法のことです。市は土地の使用料がもらえ、スクールが生まれることで子どもたちにスポーツの喜びを伝え、地域も活性化する。僕らはサッカーの普及に取り組みながら、円滑にビジネスを進められる。登場人物全員がハッピーになれる仕組みです。内閣府でも推奨していますが、日本のスポーツ施設としてPFIを活用したのはたぶんうちが初めての例だと思います。

――そのモチベーションとなったのはどんなことでしょう? 

幸野 自分がサッカーに関わってきて、息子もプロサッカー選手としてプレーしている。こんな幸運はない、「サッカーからもらったものを、社会に還元しなければ」という思いがありました。フランス語で言うと「ノブレス・オブリージュ」ですよね。自分にしかできないことがある、だからやる。そこに迷いはありませんでした。

――アイディアはあっても、こうした事業を実現するには一人ではできませんよね。スタッフも含めた人材のマネジメントはどのように行っていらっしゃるのでしょう? 

幸野 うちの採用基準で大事なものは「パッション」。それが一番大事なんです。サッカーへのパッションがあるかないか。スクールでは子どもたちと接することになります。子どもたちには小手先の理論やテクニックは通じません。技術を体系立てて教えること、正しい知識を持って指導に当たることは大切ですが、それを勉強したり研究したりできるのもパッションがあるから。最終的にピッチの上で表現できるのはパッションだけですからね。

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幸野健一(こうの けんいち)
サッカーコンサルタント、アーセナルサッカースクール市川代表。
1961年9月25日生まれ。東京都出身、中央大学卒。広告会社を経営する傍ら、育成を中心にサッカーに関わる課題解決をはかるサッカー・コンサルタントとして活動し、各種サッカーメディアにおいても対談・コラム等を担当する。また、2014年4月に千葉県市川市に設立されたアーセナル サッカースクール市川の代表に就任。専用の人工芝グランドを所有し、イングランドのアーセナルFCの公式スクールとして、日本の子どもたちをアーセナル流の育成方法で育てている。
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