【前編】「担当パートや肩書きとは違う、組織の中での“役割”を見つける」・木根尚登(TM NETWORK)

失敗ヒーロー!

2017/08/24
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グランプリなのにクビ寸前!? 敏腕プロデューサーがつないでくれた“首の皮”

――プロデューサーとしての先見の明は、その頃からあったわけですね!
 
木根: 半年くらい説得されて、「ボーカルはどうするの?」って聞いたら、「知り合いにマイクっていう、見た目も声もいいオーストラリア人がいる」って。次に会うときに、本当に連れてきて、デモテープまで持ってきたんです。ただ、僕の夢には「外国人とバンドを組む」っていうビジョンはなかったんですよね……マイクは英語しかしゃべれないし(笑)。

――小室さんの最初の構想が、宇都宮さんではなく外国人ボーカルだったとは……。
 
木根: でも結局、マイクはビザが切れてオーストラリアに帰ることになって。最終的に、前身の別バンドで活動していた宇都宮くんを引き抜いて、3人で本格始動。その年にフレッシュサウンズコンテストというオーディションを受けて、約3,800組の中からグランプリに選ばれたんです。

――いきなりグランプリですか!
 
木根: 本当は手弾きの音を重ねただけなのに「全部コンピュータで作った」と言ってデモテープを作ったら、「すごいね君たち!」って(笑)。

――当時、音楽業界の人から見ても、TMの音楽は新しかったんですね。
 
木根: 大半の人には「こんなゲーム音楽みたいなの、売れないよ」って言われましたよ。でも、佐野元春さん・渡辺美里さん・PUFFYとかを手がけたEPIC・ソニーのプロデューサーが「新しい!」って気に入ってくれて。あとから聞いたんですけど、1年目の広告宣伝費には数億円くらい使ったらしいです。バブル全盛期だし、PVのプロデューサーのギャラだけで数千万円とか、そういう時代でしたけどね。

しかし、お金をかけたからといって、そんな簡単に売れるわけもなく(笑)。地方巡業はたくさんやっていたし、地方のテレビやラジオには出まくってたんですけど、キー局のテレビにはなかなか出られなくって。本当は1年目でクビの可能性もあったんですけど、例のプロデューサーが社長にかけあってくれて、「じゃあ、あと1年だけ」を3年くらい繰り返しました(笑)。ですが、いい加減それも通用しなくなり……。そしたら、またもやプロデューサーが「あと1年やって売れなかったら自分も辞めて責任をとる」とまで言ってくれて、本当に首の皮一枚でつながりました。

その直後に、アニメ『シティーハンター』のエンディングテーマに起用された『Get Wild』の話が舞い込んできたんです。そのプロデューサーがいなかったら、いま僕はココにいないし、TMも小室ファミリーも世に出ていなかったかもしれませんね(笑)。

『Get Wild』で人生が変わった?

――その『Get Wild』は、オリコンで週間9位、ザ・ベストテンで6位を獲得。そこからのTMでのご活躍ぶりは、我々もよく知るところです。
 
木根: 子どものようにはしゃぐ僕の横で、小室くんは「1位じゃなかった」って本当に悔しがっていましたけどね。「あっ、コイツと僕の差はここにあるんだ!」って、そのときに思い知らされましたよ(笑)。

――まわりの反応も、それまでとは大きく変わったのでしょうか?
 
木根: よく言う「いきなり親戚が増える」みたいなエピソードは、本当にありましたね(笑)。でも、売れない時代が長かったので、自分たちが“売れてる”っていう実感を持つまでには時間がかかりました。ミュージックステーションの収録で、タクシーでスタジオに入ったら、ファンの黄色い声援が「キャーーーーーッ」って。でも、僕とウツは「きっと少年隊と間違えたんだね」って本気で言ってたし、小室くんは「いやいや、レコード会社が用意したサクラだよ」って疑うくらい(笑)。

ハッキリしていた、3人の“役割分担”

――人気が増すなかで、3人のユニットをうまく回すために、何か工夫されていたことはあったんですか?
 
木根: 工夫というほどのことではないですが……3人の性格やキャラクターが、わかりやすく違ったので、キャラに基づいたそれぞれの“役割”をこなしていたかもしれないですね。3人の中では、小室くんが完全にプロデューサー役。宇都宮くんと僕は、彼が設定する“高いハードル”を越えながら、そこに自分たちなりのアイデアをプラスしていくパフォーマーでした。

……と言っても、宇都宮くんと僕はキャラが違うし、小室くんとの関わり方も大きく違いましたね。初対面で「アイツとは友達になれない」って言ったという話をしましたが、彼ら2人は水と油のような関係でしたからね、性格的にも音楽的にも。もちろん仲が悪いわけではなく、一言で言うと価値観が違ったんです。

だから、僕が真ん中に入って……言うなれば“通訳”ですね。小室くんの無茶ぶりを、ウツが納得してくれるように伝える。何度も言いますけど、嫌いとかではなく、もともとの好みが大きく違ったから、「それいいね、やろう!」みたいなノリで決まることはほとんどない。例えば曲調がだんだんダンサブルになってきたときは、僕が「ウツ、なんか踊ってほしい“らしい”よ」って感じでね。

――小室さんの意見が、木根さんを通じて宇都宮さんに伝わるという流れだったんですね(笑)。
 
木根: ウツは「踊りなんてできないよ」って言いながらも、レッスンを受けてくれました。彼なりにちゃんと消化してカタチにしてくれていたので、本当に偉いと思います。

曲作りも、小室くんと僕の2人がほとんどやっていたから、「次はコレ歌って」という感じでオーダーがくる。もちろんウツの魅力を引き出せるよう意識しましたけど、“自分が好きな感じ”とか“歌いやすい”っていう感覚では作られていないですからね。

――そういうときに、木根さんが心がけていたことはあったんですか?

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木根: 持ち上げましたね〜(笑)。「大丈夫! お前ならできるから!」って。そう言うと語弊があるかもしれませんが、彼がポジティブになれるよう導く感じです。10分で終わるような話でも、1時間くらいくだらない話をしてから本題に入ったり。

――そういう役回りをイヤだと思ったことはないんですか?
 
木根: 嫌いじゃなかったんでしょうね。東京ドームでライブをやったときに、ゲストのB’z・松本くんとかも打ち上げに来てくれたんですけど、僕が盛り上げてたら松本くんが「木根さん、盛り上げ役はもういいじゃない!」って。自分自身は意識していませんでしたが、そう言われたときにハッとしましたよ。

――そのとき、ご自身のポジションを実感されたわけですね。
 
木根: 音楽グループでも、会社でも、担当パートや肩書きとは違う“役割”ってあると思うんです。TMという“組織”の中で、僕は自然と“通訳”になって、それを小室くんも宇都宮くんも受け入れてくれた。そして、僕にはできないことを、彼ら2人がやってくれていましたから。

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歌唱力や演奏技術だけでは決められない、そのメンバーなりの役割。大変でしたけど、結局ずーっと楽しくやれているし、それを自然に見つけられた僕はラッキーだったのかもしれないですね。1人で生み出せるものには限界がありますから。組織の中で自分の役割を見つけて、スキルではなくキャラクターを生かして貢献できていれば、きっと代えの利かない存在になれますよ。


後編では・・・

失敗ヒーロー!』第6弾。後編は、当時世間に衝撃が走ったTM NETWORKの「プロジェクト終了」の背景。そこには何か大きな失敗が隠れていたのか? そして、木根さんが考えるマネジメント術の真髄にも迫ります!名プロデューサー小室哲哉氏の“無茶ぶり“が木根さんにもたらしたものとは?


【前編】「担当パートや肩書きとは違う、組織の中での“役割”を見つける」・木根尚登(TM NETWORK)
【後編】「無茶ぶりされたら、考える前にやってみる!」・木根尚登(TM NETWORK)


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