加藤一二三 人生も将棋も決断の連続【前編】

失敗ヒーロー!

2019/11/19
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華々しい成功の裏には、失敗や挫折がある。その失敗エピソードから成功の秘訣をヒモ解く『失敗ヒーロー!』。今回は将棋というフィールドを超えて人気を博す、“ひふみん”こと加藤一二三さんが登場。史上初の中学生棋士となり、「神武以来の天才」と称された逸材ですが、30歳を前にして「この先はない」と感じるほどの挫折に直面。行き詰まりからの脱却をヒモ解くと、自分を信じる強さが勝利に導く、将棋と人生の共通点が明らかに!

30歳目前、人生初にして最大のスランプ

――史上初の中学生棋士としてプロデビューして以来、数々の記録を打ち立ててこられた加藤さん。しかし「30歳を前にして、初めて挫折を経験した」とも、お話しになっていますね。

加藤一二三(かとう・ひふみ)
1940年1月1日生まれ。当時の最年少記録である14歳7カ月でプロ棋士デビューし、1958年には史上最速でプロ棋士最高峰のA級八段に昇段。1982年には名人位に就く。タイトル獲得は通算8期、棋戦優勝23回。2017年6月20日、62年10カ月にわたる現役生活に終止符を打ち、以降はバラエティ番組でも活躍。“ひふみん”の愛称で親しまれ、歌手デビューやドラマデビューも果たす。敬虔なキリスト教徒としても知られ、将棋のみならずキリスト教にまつわる著書も多数。

加藤一二三(以下、加藤):そうです、人生初のスランプに陥りました。将棋というのは最善手を指し続ければ、勝てる世界です。僕は小学校4年生の時点で、この真理を悟っていましたが、30歳を前に、最善手が分からなくなってしまった。次の一手がひらめいても、それが最善なのか自信を持てないわけです。つまりは自分の将棋に対し、迷いが生じるようになった。「このままでは、私に先はない」と、そう思ったほどです。これは深刻な行き詰まりです。

この行き詰まりから救ってくれたのが、キリスト教でした。僕はかねてからキリスト教文化に関心がありましたので、改めて勉強をして、洗礼を受けたわけです。それが1970年のクリスマスでしたから、30歳の時ですね。すると自分のなかに生じていた、迷いが消えました。キリスト教では「神様の存在は絶対であり、神様の助けは必ず訪れる」と教えています。この絶対的な存在が、僕の迷いを消してくれたんですね。つまりは神様という絶対的な存在に触れたことで、確かな最善手は存在するということを実感できたわけです。

――なるほど。キリスト教を通じて「絶対的な存在」を実感し、その実感によって「迷いのない絶対的な一手」を指せるようになった、と。

加藤:そうです、そうです。将棋の世界には150名のプロがいますから、なかには「将棋とは水中に顔を入れ、最も長く我慢し続けられた人が勝利する、非常に苦しい競技だ」と表現する人もいます。確かに、ものすごく苦しいですよねぇ。けれども僕は洗礼を受けてからというもの、将棋に苦しさを感じたことも、迷いを感じたことも、一度もありません。

どんなに負けが続いても、自分を信じる

――しかし加藤さんは2505局という、前人未踏の対局数をお持ちです。これほど多くの対局を経ていれば、つまずきを感じる瞬間もあったのではないでしょうか?

加藤:それはなかなか、良い質問ですね。正直なところ、これまでに20連敗を喫したことが、二度、三度とありました。これははっきり言って、大スランプですよ。それでも僕は、ツラいとは思わなかったですね。どうしてかというと、僕が負けたのは、僕が弱いからでもミスをしたからでもなく、その時の対戦相手が、単に上手だったからです。僕はそう考えていますから、何もツラいことはありません。

迷いなく将棋を指せるということは、自分の将棋に自信があるということ。洗礼を受けて悟ったことは「神様にお祈りをし、必死に研究し、そして一生懸命に考えて指せば、それでいい」ということです。キリストの教えと疑いようのない努力は、確固たる自信となります。この確固たる自信があれば、負けを悔いることはないですよ。

――「疑いようのない努力が自信になる」というのは、キリスト教徒かどうかにかかわらず、多くの人に響く言葉ですね。

加藤:そうです。僕は自分の将棋に自信があるから、スランプのような時にもスタイルを変えません。僕はいろいろな偉人伝を読むのが好きだけれども、偉人の多くはこう言っています。「右に進んでダメなら、左に進んでみましょう」。これは一般論でも、一緒ですね。「今の方法でダメなら、別の方法を試しましょう」と。僕の考え方とは反対です。

性格によるとは思いますが、「自分は間違っていない」と思うのであれば、行き詰まりを感じたとしても、いつもと同じ方法を続けることをおすすめしたいですね。僕は調子の上がらない時にも同じスーツを着ていましたし、対局の時に食べるのもウナギとチーズ。若い人の言葉で言う、ルーティンですね。このルーティンが、心を落ち着かせてくれたのかもしれませんよ。実際に僕は、初挑戦から22年越しで名人位を勝ち取った時にも、いつもと同じスーツを着ていました。名人戦というのは和装で挑むのが通例なんだけれども、僕はスーツ。今でも写真が残っていますよ(笑)。

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