【前編】有栖川有栖、恩田陸ら大絶賛! ミステリ界の超新星・逸木裕が大切にしている言葉とは?

思い出す言葉

2016/12/06
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一度の失敗で諦めずに続けていくことが大事だと思います。

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逸木裕(いつき・ゆう)
1980年東京都出身。学習院大学法学部卒。フリーランスのウェブエンジニア業の傍ら、小説を執筆。「虹を待つ彼女」にて第36回横溝正史ミステリ大賞を受賞し、作家デビューを果たした。

やめてしまえば、失敗になる。成功するまで続ければいい

――本企画「思い出す言葉」は、インタビューを受ける方の大切にしている言葉を伺うコーナーです。逸木裕さんが大切にしておられるのは、「失敗したところでやめてしまうから失敗になる。成功するところまで続ければ、成功になる」という言葉ですか。この言葉について伺わせてください。

逸木裕(以下、逸木) これは松下幸之助さんの言葉ですね。小説を書くことだけでなく、仕事一般にとっても通じることだと思います。
 
小説を書いて投稿するという行為は、当然ながらうまくいかないことも多いです。自分で納得いく作品を書き上げたと思っても、一次選考で落選してしまうことのほうが多いと思います。落選することで「これまでの努力は何だったんだろう」という気分にもなります。しかし、確かに失敗かもしれませんが、トライした結果の失敗です。なにがしかのノウハウなり経験なりは、手元に残るものだと思います。一度の失敗で諦めずに続けていくことが大事だと思います。 

――この言葉を最初に知ったのは、いつ頃ですか?

逸木 10年ほど前でしょうか。まだサラリーマンだった頃です。趣味のアマチュアオーケストラを続ける中で、この言葉の重要性を感じることがありました。オーケストラの演奏は、一発勝負です。うまくいかないことも、多々あります。しかし、諦めずに継続していくことで、徐々にいい演奏ができるようになっていきました。例え失敗しても、経験値は蓄積されていく。そのことを知ったタイミングで、この言葉に出会いました。

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人工知能の可能性と限界を知ることができました

――松下幸之助さんの言葉どおり、まさに諦めずに投稿し続けたことが実を結び、逸木さんは横溝正史ミステリ大賞の大賞を受賞。作家としてデビューを果たし、本日このインタビューが実現しました(笑)。

逸木 そうですね(笑)。

――では、小説の内容について伺います。物語は、ヒロイン・晴(はる)が“劇場型自殺事件”を起こす2014年12月の描写からスタートし、そこから少し経った2020年・2021年を舞台に展開されます。時間軸としてはほぼ現在に近いと思いますが、この時期を舞台にした理由はありますか?

逸木 これは自分なりの線引きなのですが、現在までに実現している人工知能技術のちょっと先、延長線上で書こうと思ったからですね。

――やはり、あまり先の未来だと読者がついてこられないと?

逸木 というよりも、既存の作品との差別化です。人工知能ブームということもあり、人工知能に関する映画やドラマもたくさん作られていますが、人工知能が自我を持ち、怪物のようになっていくというお話になりがちです。そういうものはすでにあるので、違った形で人工知能を描けないか考えて書きました。

――実際、人工知能をテーマにしたSF小説やハリウッド映画は山ほど存在します。

逸木 私自身プログラマーなので、技術面はある程度理解できます。その強みを活かし、「現在の技術の延長線上に絞って書くことで新しい物語になるのではないか」と考え、舞台設定を現代に近い時期にしました。

――本作は人工知能、ドローン、ゲーム、さらにはネット文化など多様な知識のバックグラウンドがあります。ハイコンテクストな小説だと思いますが、描くうえで最初に思いついたシーンはどこですか? 

逸木 最初に思いついたのは、タイトルカバーになっているシーンですね。渋谷の街並みを見下ろすビルの上に女の子が立つ。ドローンが女の子を襲い、彼女は死んでしまう。この画から、いろいろなストーリーが生まれました。「亡くなった女の子を、人工知能として蘇らせる」というアイデアもそうです

――人工知能のテーマを描写するにあたり、資料は読み込まれましたか?

逸木 そうですね、人工知能の本だけでなく法律、無線技術など、とにかくたくさんのテーマの本を読みました。それまである程度興味を持っていたジャンルではありますが、資料にあたってみると様々な発見がありました。
 
それまで書いたものでは、資料はあまり読み込まず、事実確認のためだけに使っていました。ですが今回資料を読み込むことで、自分の世界観が引っ張られ、広がっていく感覚がありました。物語に広がりが生まれ、新しい展開を思いつくケースがかなりありましたね。

――例えば、どういうシーンですか?

逸木 序盤に出てくる主人公・工藤と、友人のみどりとの会話のシーンです。物語機能としては、読者に人工知能のプレゼンテーションを行う部分なのですが、調べていくうちに「人工知能はこんなこともできるんだ」という可能性、「まだここはできないんだな」という限界、その両方を理解できました。

――P40「~~人工知能が自発的に、さらに優れた人工知能を作る。新しく生まれた知能が、より優れた知能を作る。(中略)何十年かかるかわからないし、実現する見通しはない。ほとんど感情そのものを作るという話だからな」の部分ですね。

『シンギュラリティ』(人工知能が人間の能力を超え、想像を絶する事態が起こること)の話が一時期流行りましたが、現時点で人工知能がそこまで達することは難しいと。

逸木 まだ判りませんが、小説にも書いたとおり、そこまで達するには何段階もの技術的ブレークスルーが必要なのは事実です。それらの知識を得るに従い、台詞回しもかなり変えました。

――それ以外に、資料を読んで大きく意見が変わったところはありますか?

逸木 ヒロイン・晴の行動様式ですね。“劇場型自殺”を遂げたように、晴はコミュニケーションになにがしかの問題を抱えています。そういう人物がどういうことを考え、どういう行動をするのかについて、パーソナリティに関する資料を読んで深めることができたのではないかと思います。その成果は第二部に出てくる手記に反映されています。あとはネタバレになってしまうので詳細は避けますが、中盤以降の大きな展開も、資料を読むことで出てきたものです。

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