【後編】「誰でも発信できる時代。だからこそ、借り物の言葉は使いたくない」堀潤(ジャーナリスト・8bitNews主宰)

逆境ヒーロー!

2019/03/13
Pocket

華々しい成功の裏には、失敗や挫折がある。その失敗エピソードから成功の秘訣をヒモ解く『失敗ヒーロー!』。そのスピンオフとして、逆境をはねのけさまざまなフィールドで活躍するビジネス戦士たちを『逆境ヒーロー!』として取材していきます。前編につづき後編では、NPO法人『8bitNews』立ち上げに至った経緯やNHK退職後、どのように周りを巻き込み自身の思い描く未来を実現していったのか、詳しくお伺いしていきます。

「表現の自由は内規に勝る」震災後、独立を決意した

――前編でお話しいただいた『ニュースウオッチ9』のリポーター時代では、チーム一丸となって現場取材に挑める理想の職場だったとおっしゃっていました。理想の環境からなぜNHKを辞めるご決断をされたのでしょうか?

堀潤(ほりじゅん)
1977年7月9日生まれ、兵庫県出身。立教大学文学部ドイツ文学科を卒業後、NHKに入局。岡山放送局で情報・報道番組『きびきびワイド』を担当後、『ニュースウオッチ9』立ち上げ時に東京アナウンス室に異動。リポーターとして頭角を現し、2010年経済ニュース番組『Bizスポ』キャスターを担当。2012年カリフォルニア大学ロサンゼルス校に派遣され、SNSの活用を研究した。2013年春に帰国後、3月にNPO法人『8bitNews』を立ち上げ、4月にNHKを退職した。著書には『SNSで一目置かれる 堀潤の伝える人になろう講座』『僕がメディアで伝えたいこと』などがある。

堀潤(以下、堀):東日本大震災があり原発事故が起こり、ニュースに出せる話と出せない話が出てきたんですね。それが結局、辞めるという話につながっていきました。

当時、夜の経済ニュースのキャスターをやっていたんですが、ニュースでは放送できないと判断されてしまう震災現場の方々の思いや個人の被害の話が圧倒的に多かったんですね。その内容を自分のTwitterでつぶやいていたんです。そうしたら、とある政治家からクレームが来たからという理由で「そのツイート、削除してくれ」と上司に言われました。「やったじゃないですか! 戦いましょう! 言論の自由に圧力をかけてきたいいネタですね!」と僕が言ったんですが、「堀ちゃん、そういう話じゃないんだ」といって、ツイッターのアカウントを閉じて欲しいと言われてしまいました。「嫌です」と断ったのですが、何度も呼び出されて説得をされました。その状況を聞いたニュースセンターの先輩達が一緒に奮起してくれて、「俺たちが必ず堀の発信場所を何とか確保するから」といってNHKの顧問弁護士の方に相談してくれました。するとその弁護士は、「表現の自由は内規に勝る」と教えてくれたんです。個人で発信することは問題ないのだから、言われた通りに目の前で消してすぐに別のアカウントを作れ、と先輩たちから力強いメッセージの電話が携帯にかかってきました。それで立ち上げたのが今使っている @8bit_horijunというアカウントです。
表現の自由は内規に勝る。顧問弁護士の方がそう教えてくれたのをきっかけに、本格的に個人で発信を始めました。そうか、個人の時間なら何をしてもいいんだと思ったんです。すべての有給時間を投入してNPO法人『8bitNews』を立ち上げてサイトを作りはじめました。

――「NHKのニュースでは放送できない」というジレンマが『8bitNews』立ち上げの動機だったのでしょうか?

堀:そうですね。たまたまテレビ局で働く僕たちが取材した内容は、ニュースとして世の中に発信される可能性はまだ高い。けれど、取材しなかった内容に関してはそもそもニュースにはなりません。でも、本当はニュースにすべきテーマはいっぱいある。そういう僕らだけでは手の届かない、でも伝えるべきニュースが発信される仕組みを作りたかったんですね。

いつも取材先でカメラを数時間回したとしても、テレビで放送するのはたったの数分とかだったんです。「たくさんお話を聞かせてもらったのに、少ししか流せません。すみません」としょっちゅう謝りの連絡を取材先にしていたんです。よく取材帰りの車で、「どうせカットされちゃうなら、全部YouTubeに流しちゃいましょうか〜わっはっは!」ってカメラマンの先輩と冗談半分で話していたんです。でもある時、それやっちゃえばいいじゃんと思ったんですよ。お蔵入りさせるくらいなら、その取材映像をネットに丸々流してしまえばいい。それはNHKでは絶対できなかったことなので。

あとは、スピード感を持って広げていきたかったんですね。NHKに入局してから大きな権力からの攻撃を避けるために、必死にほふく前進してきたんです。でも、それがめんどくさくなって、もう撃たれてもいいから立ち上がりたくなった(笑)。これからは自由に発信していこうと。

いきなり借金まみれのフリーランス生活

――NHKを辞めてフリーランスになった後は、生活にどのような変化が生まれたのでしょうか?

堀:早速、逆境ばかりでしたね(笑)。まずフリーになって家も簡単には借りられなくなりました。NPO法人も立ち上げたばかりで給料はゼロ。取材する時もNHK時代のように全額を経費で落とせるわけでもない。それに、辞める前に社費留学をしていたのでその返還もしないといけなかった。退職金では全然足りず、いきなり借金を背負ったんですね。

お金がないというのは、人の余力をすごく奪うんだなと実感したんです。明日をやり過ごすお金もないような状態でいると、知らない人と肩がぶつかったりしただけで心の底からイラっとしてしまう。明日の収入どうしようと考えながら、とりあえず品川までなんとか定期を買って、あとは歩きでなんとかするような生活。追い詰められて考える余裕もなかったです。でもこのことをきっかけに、余裕がなくなれば自分だってふとしたことで世の中を恨んだり、攻撃的になってしまう可能性もあるんだと気づけたんです。

そしたら友達が「実家の三階の屋根裏を改装した部屋が空いてるから使っていいよ」と言ってくれて、そこにソファだけを置いて寝て、シャンプーしながら浴槽で足踏み洗濯をして乾かしている間にラーメン屋でテレビを観ていましたね。

――余力がなくなっていってしまうなかでも、ご自身の力で発信をつづけられた理由を教えてください。

堀:お金がないことは大変だったんですが、それでもすごく自由に発信できることが本当に嬉しかったです。何を言ってもいいんだ、何を言っても誰からも怒られないんだ、と。大きな組織にいて苦しかったのは、僕がした行為に対しての怒りが、僕の上司にも向けられてしまうことでした。上司が呼び出されたりチーム全体の責任にされたりと、組織ではどうしても責任の連鎖がある。だから忖度や沈黙が組織ではびこるのは構造上仕方がないですよね。でもそれが、うつ病や過労自殺につながる場合もある。

僕は組織の責任の連鎖から解放されたわけですから、「自分で自由に発信しながらちゃんとマネタイズして暮らせるようになる」というのが新たな目標になりました。今までは受信料収入にどっぷりつかっていましたから、お金を稼ぐということを真剣に考えたことがなかったんです。

――借金を背負われた状態からスタートしたフリーランス時代ですが、『8bitNews』のホームページはどのようにして作成したのでしょうか?

堀:NHKを退職してサイトのリニューアルをしたのですが、その費用も取材費も、実は全部クラウドファンディングを使っているんです。あとは親友の宇野常寛さんが僕がNHKを退職した直後にニコニコ生放送を運営するドワンゴに連絡してくれて、速攻で有料メルマガを立ち上げてくれました。それが僕の生活の基盤になったんです。

人とのつながりが僕のセーフティネットになって助けられたんです。「これをやることでこんな未来を実現しましょう」というプレゼンテーションをして気持ちをきちんと伝えることができれば、それに呼応してくれる人たちがいるというのが大切な発見でした。

ホリエモンさんと共演した時も、「俺が自由に発言できるのは稼ぐ力があるからだ。堀潤も自分がやりたいことを自由にやるために金を稼げ。あとは自分ができないことに関しては、助けを乞うことが大切だ。ただ助けてくださいと言うのではなくて、俺はこれをやりたいし、これをやるためにはあなたの協力が必要なんだと伝えていくんだ」とフリーでやっていくために大切なことを教えてくださいました。

僕は取材はできるけど、デザイン力もマネジメント力も資金調達の力もない。でも「こういうことをしたいから力を貸して欲しい。僕はこういう未来を見たい」と人に想いを伝えることはできましたから、いろんなスキルを持った人が集まって来てくれて『8bitNews』も立ち上げることができたんです。

マネたまご マネたまをフォローすれば最新記事をお届けします!