【前編】朝日新聞メディアラボ室長・堀江隆さんが「決断」の時に思い出す言葉とは?

思い出す言葉

2016/10/18
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失敗と挑戦を繰り返す『実験工房』として

――メディアラボが発足するまでの経緯についてお聞かせください。

堀江 メディアラボは、2013年6月に立ち上がりました。背景には、新聞業が販売収入・広告収入いずれも右肩下がりになっているという状況がありました。新聞業は、売り上げの8割を占めています。ほとんどモノカルチャーだったわけです。「これではいけない。違う分野に出て、何かを変えなくては」という決意がベースにありました。ただ、新しい挑戦には失敗がつきもの。「失敗と挑戦を繰り返すための『実験工房』にしたい」という思いから、メディアラボが生まれました。

――まさにラボという名前の通りの立ち位置なのですね。メンバーの人数など、発足してからの変化はありましたか。

堀江 立ち上げ時には6人ほどでしたが、現在は40人弱です。おかげさまで業界のなかでも大きな注目をいただいており、最近では「メディアラボがあるから、朝日新聞社を志望しました」という新入社員もいます。そういう話を聞くと、とてもうれしいですね。これからも思い切った挑戦を続けていきたいです。

――発足時に描いていたビジョンについて、実現した点とそうではなかった点双方について伺えますでしょうか。

堀江 まず実現できた部分は、チャレンジ精神にあふれた志の高いメンバーを集められたことですね。社内の新規事業コンテスト『Start Up!(スタートアップ)』は応募数が増えていますし、新しい事業も次々と生まれています。ベンチャー企業とのつながりも増え、ベンチャー企業を支援するアクセラレータープログラム『Asahi Shimbun Accelerator Program』も動いています。当初のビジョンを上回る成果を挙げているのではないかと思います。

一方で課題に感じているのは、立ち上げた事業をメディアラボから巣立たせること。このスピードは、もっと速くできると思います。例えばあるサイトを別の事業部門、デジタル部門などに組み込む形で独立させていくなど。今後の課題ですね。とはいえ、新規事業は立ち上げて即座に利益が出るものではありません。これから、ではあります。

――メディアラボ発足時、周囲からのリアクションはどのようなものだったのでしょうか?

堀江 ラボが発足した2013年、私は経済部長だったのですが、「これは面白そうだな」と思いました。実際、朝日新聞社のホールで発足式を開いたときには社内外からたくさんの人が集まり、少し遅れて会場に行った私は中に入れませんでした(笑)。ほかにもホールに入り切れなかった人がたくさんいましたね。

――そんなにも多くの人から注目されていたのですね!

堀江 当時の社内でも、「何か新規事業をやらなければいけない」ということは皆が思っていました。形にできる可能性を持った組織ができたということで、社内の期待感は非常に高かったと思います。

当時、私が非常に印象的だったのは、クラウドファンディングサービス『A-port』が立ち上がると聞いた時でした。経済部長席でPCに向かっているとき、お知らせの社内メールが届きました。「うちがクラウドファンディング? これはすごいな」と驚きました。どちらかといえば新しい取り組みには後ろ向きの人が多いのではないかと考えていましたので。当時の期待感は今も続いているように実感しています。

後編へ続く

インタビュー・テキスト:田中千晴 撮影:澤山大輔 編集:マネたま編集部

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