haru./HIGH(er)magazine編集長 自分自身と向き合うことは、世界と向き合うこと」【前編】

逆境ヒーロー!

2019/08/14
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成功の裏には、逆境が隠されている。そんな逆境をはねのけ活躍する“インディペンデントな人たち”の成功の秘訣に迫る『逆境ヒーロー!』。今回はインディペンデントマガジン『HIGH(er)magazine』の編集長を務め、アーティストとして活動の場を広げるharu.さんが登場。前編では雑誌を立ち上げることになった経緯や、ドイツと日本を行き来した幼少時代の思い出など、haru.さんのプライベートな一面に迫ります。

雑誌を作ったきっかけは、人とコミュニケーションをとるため

――インディペンデントマガジン『HIGH(er)magazine』はファッションやアートから個人のアイデンティティまで、若者が抱える様々な視点や問題に焦点を当てた雑誌です。まずは、HIGH(er)magazineを立ち上げた経緯について教えてください。

haru.(はる)
1995年生まれ。東京藝術大学在学中に、インディペンデントマガジン『HIGH(er)magazine』を創刊。編集長として「同世代の人と一緒に考える場を作る」をコンセプトに、企画・編集・制作を行う。企業ブランドとのタイアップ企画のプロデュースなど活動の幅を広げ、2019年6月に自身が取締役を務める株式会社HUGを設立し、コンテンツプロデュースやアーティストマネジメントの事業を展開中。

haru.:ドイツに留学していた高校生のころから、ZINE(自主制作の紙媒体)を作っていました。幼少期から日本とドイツを行き来していたので、日本語もドイツ語も完ぺきではなく、両方とも自分の言葉として扱える自信がなくて。言葉以外の何かで自分を表現して、わかってもらえる方法はないかと考えていた時に、ZINEというメディアを見つけました。

私が初めてZINEを作ったのは、高校生のとき。卒業するタイミングで、クラスメイト一人ひとりのためにデザインしたTシャツを着て、「私から見たあなた」というテーマで作りました。その時、「言葉以外のコミュニケーションで人とつながれるんだ」と感じたんです。この経験が忘れられなくて、日本の大学に入ってからすぐにZINE作りをしようと思いました。

――コミュニケーション手段の一つとしてZINEを作ったのですね。

haru.:そうですね。もともとは自分のために作り始めたものですが、だんだんと雑誌を作ること=他人と深く関わって自分と向き合うこと、なんだと気づいて。雑誌作りには、想像以上の価値があることを知ったんです。

――写真や雑誌にはもともと興味があったのですか?

haru.:小学校のころから雑誌を買いあさっていました。自分のお小遣いでメンズ雑誌を買ったり。どちらかといえば女性誌よりもメンズ雑誌のほうが、共通の価値観や同じ趣味を持っている人たちが集まって作っているイメージがあったので、好きでしたね。雑誌にもそれぞれの個性やカラーがあるので、それを見比べるのが楽しかったです。『VOGUE HOMMES』を海外からとり寄せるなど、メンズファッションがすごく好きで、世界のスナップ特集を自分の服の参考にしてました。

――さまざまなエンターテイメントがあるなかで、なぜ雑誌だったのでしょう?

haru.:雑誌や映画のような総合芸術が好きなんです。一つの空間で個性が重なり合いながら、同じ目的のために表現していく。高校卒業後は美大に入りたいことは決まっていましたが、「どの表現方法を選んだらいいんだろう」と悩んだ時も、総合的にプロデュースできるものがいいと思っていました。今は雑誌で自分自身を表現している感じですね。

――普段はどんなものからインスピレーションを受けていますか? また、haru.さんの好きなものについて教えてください。

haru.:小さいころから人間観察が好きでした。子どものころ、自由帳に人の絵を描いてそれをおばあちゃんに渡し、おばあちゃんが色を塗ってくれる遊びをよくしてくれて。その絵を見ながら、「おばあちゃんはなんでこの色を選んだのか」と考えたり、話したり。人の内面を深掘りするのが好きな子どもでしたね。きっと、ファッションスナップを見るのが好きなのは、その人の“好き”がにじみ出ているから。「この人はどんなものを食べているんだろう」とか、その人の性格や背景を妄想するのがすごく好きです。

――haru.さんらしさがついついにじみ出てしまうものはありますか?

haru.:うーん・・・。ぬいぐるみですかね。小さいころは顔の周りにぬいぐるみを置かないと寝られませんでした。お気に入り順で頭の近くに置くっていう謎のマイルールがあって(笑)。動物園に行ったら必ずぬいぐるみは買いますね。あとは、物忘れが多いので、思考を支えるためにノートはいつも持ち歩いてます。アイデアを書き留めるのも、スマホよりノートに書いた文字のほうがその時の状況も含めて思い出せるから。

ネットで出てこないようなストーリーを次世代に残したい

――ドイツでの経験がharu.さんのものづくりにどのような影響を与えていますか?

haru.:私のものづくりの原点は「なじめなさ」にあると思います。どの環境にいても違和感を感じてしまう自分と向き合ったことで、何かを生み出すという作業を始めました。ドイツと日本を行ったり来たりする経験がなければ、表現者になっていなかったかもしれません。言葉だけでなくカルチャーの違いがあったので、常に自分のルーツを探していました。

日本に帰った時は、全く漢字が書けなかったので「帰国子女だからしょうがないよね」と言われたり、ドイツに戻ると「やっぱり日本人だね」と言われたり。自分を国単位や性別単位で当てはめられることに、ある種の抵抗感を覚えています。でもそれと同時に、自分が身の回りの社会や現実を知らないことも嫌だったので、「日本は今どうなっているんだろう」「自分のルーツである国、日本で勉強し直したい」と思い、日本に戻ってきたんです。

――「読みたいと思える雑誌がなかったから、自分で雑誌を作った」とインタビューでおっしゃっていましたが、haru.さんが雑誌という媒体にこだわる理由は何でしょうか?

haru.:私がやりたいことは何なんだろうと考えた時、私のまわりにいる素晴らしい表現者たちのアーカイブを残したいという気持ちが見えてきました。ネットで検索しても出てこないような、ストーリーのあるものづくりがしたい。人と関わり向き合うことで、初めて自分自身が見えてくる。それを、雑誌という形にして残していきたい。私にとっての雑誌は、アートピースに近い感じでしょうか。きっとそういう雑誌だったらいろんな人が楽しんで読んでくれるのではないかと思っています。

――haru.さんならではのコンテンツの作り方を教えてください。

haru.:私は自分自身がその時直面している問題をとり上げるようにしています。例えば、「アイデンティティ」。「自分は何をしたいのか」「どこに向かうのか」と考えるタイミングは必ずやってくると思います。そんな時こそ私たちが自分たちのルーツについて思い返す必要があると感じたので、「アイデンティティ」を特集してみようと思ったんです。創刊号と同じモデルさんに登場してもらい、ルーツを思い出すという意味で、当時と同じテーマを再解釈して撮影をしました。今自分が置かれている状況や友達との会話のなかで毎号のテーマは生まれていますね。私とあなたの関係性というとてもパーソナルでミクロな視点をコンテンツとして第三者にどうやって届けるか、というのをいつも考えています。

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