その手紙は特別な親密さによって紡がれる

連想で本を読む

2017/02/06
Pocket

キッド――僕と彼氏はいかにして赤ちゃんを授かったか

ダン・サヴェージ (著), 大沢 章子 (翻訳)
出版社:みすず書房
出版年月日:2016/08/11

book1-1

初めて手紙を書いたのはいつだろうか。親の仕事の都合で何度か引越しを繰り返した後に、父の生まれ故郷の田舎町に住み着いたのが小学校に上がる2年くらい前のことだったから、物心ついた頃には、数百キロ離れた場所に住む母方の祖父母と年に何度か電話で話をしていた。祖父母への電話は、私が文字を覚えてからは、いつの間にか手紙に変わっていたのではなかったか。季節の変わり目になると書き送っていた手紙には、学校生活の様子や習い事の進捗具合、その時々のマイブームや家族のニュースと並んで、高齢の祖父母の体調を気遣い、次に会いに行く日のことを楽しみに待つ心のありようを綴っていたのではなかったか。そして小学校に上がり、中学、高校と成長するに連れて疎ましくなり、自然と書かなくなったのではなかったか。いつ始まり、いつ終わったのか。始点と終点のはっきりとしない祖父母への手紙には、遠くに住む近しい人を想いながらも気恥ずかしくなって途中でやめてしまう、成長期特有の未熟な親密さのようなものが漂っていたのだと思う。

ダン・サヴェージ『キッド――僕と彼氏はいかにして赤ちゃんを授かったか』を読みながら思い出していたのは、大切な人に向けて書く、そんな手紙のことだった。本書の中で手紙は重要な役割を果たすのだが、手紙への連想をつづける前に、この本の副題がこれ以上なく簡潔に示している「複雑さ」にまずは触れておく必要がある。

「僕と彼氏はいかにして赤ちゃんを授かったか」とあるように、本書はダンとテリーのゲイのカップルが、オープン・アダプションという養子縁組制度を利用して養子を貰い受ける様子を軽快かつ痛快な調子で記述した、あたらしく、風変わりな、家族形成の物語である。著者のダンは「サヴェージ・ラブ」というセックス・コラムを書く文筆家で、ダンの7歳年下のパートナーであるテリーはビデオショップの店員をしている。とは言えこの二人は、2010年にゲイであることによって受けたいじめを苦にして自殺した15歳の少年、ビリー・ルーカスの死をきっかけに盛り上がった同性愛者の権利擁護を訴える世界的なムーブメント “It Gets Better Project”の発起人、と説明した方が日本では通じやすいかもしれない。無論、「同性愛者の権利」は本書においても大きな意味を持っているのだが、それは後で触れる。

本書を貫く大きな柱であるオープン・アダプションとは、養子に養子であるという事実を告げ、養父母と子ども、実の両親の三者が養子縁組成立後も関係を続けていく養子縁組制度のことである。養子縁組自体が普及しているとは言い難い日本においては、それ自体が新奇に受け取られそうなものだが、養子縁組による家族形成が一般化しているアメリカでは現在、オープン・アダプションによる養子縁組が主流である。

オープン・アダプションを利用する実の両親は、自身のキャリア形成や生活環境などを理由に、生まれてくる子どもの親になることがふさわしくないと自分自身で判断し、自分よりも生まれてくる子どもの親にふさわしいと感じる人を養子縁組希望者の「リスト」の中から選ぶ。子どもを授かるために悪戦苦闘していたダンとテリーは、ポートランドのストリート・パンクの少女、メリッサによって、生まれてくる子どもの「育ての親」に選ばれたというわけだ。

ストリート・パンクとは、平たく言えば「既成の価値観に背を向け自らホームレスとなることを選んだ若者」くらいのことを意味するから、この本は、子どもが欲しくてたまらないゲイのカップルがホームレスの少女によって少女の産む子どもの育ての親に選ばれる、という想像するだけで楽しい、奇想天外な物語という構造も奇跡的に授かっている。つまり、この本は、ヒッピー・ムーブメントやカウンターカルチャーの系譜に正しく属する、最良のアメリカ文学作品のひとつでもあるのだ。事実、本書でダンが用いる大げさな比喩が散りばめられた文体は、サリンジャーの傑作、『ライ麦畑でつかまえて』を彷彿とさせるもので、本書の隅々に気持ちの良いほど充満しているユーモラスな反骨心は、『ライ麦畑』からおよそ半世紀の時を超えてバトンタッチされた、「余計者」の声の表象である、と解釈してもそれほど問題はないだろう。

そう、本書が刊行されたのは、『ライ麦畑』が発表されてから半世紀経った1998年なのだ。今から約20年も前にこれほどまでにあたらしい家族の物語が書かれていることに、驚愕する。その事実を確認すると、この本の持つ柔軟な反骨心がなぜ生まれうるのか、その理由の一端に触れたような気持ちになる。そう感じるのは、1964年生まれのダンの半生が、路上から始まった同性愛者の権利擁護運動の歴史とシンクロしているからに他ならない。

ゲイ・ライツ運動が盛り上がりを見せた1970年代はダンの思春期と、エイズ危機の起こった1980年代は青春期と、事実婚が容認され同性婚容認に対する保守派との論争が激化した1990年代は、青年期と一致している。奇妙なまでに心地のよい下ネタと毒舌が彩るユーモラスな反骨心はだから、LGBTという存在が認知され、一定の権利を——もちろんまだまだ不十分ではある——勝ち取るまでにマイノリティであるダンが自らに向けられてきた「憎悪」に屈しないよう、命懸けで掴み取った、生きていくための武器でもあったのだ。

そんなダンがオープン・アダプションで養子縁組を希望する「親」達のリストに名を連ねるために書かなくてはいけない「手紙」を書きあぐねるのはある意味当然だ。リストに載っている養父母候補たちは「全員が白人で、中流階級に属し、そしてそう、ストレートそのものの人たち」(本書、133頁)であり、それが子どもを持つための暗黙の条件であるのなら、ゲイのカップルであるダンとテリーは最初から受け入れられるはずがないのだ。子を持つことを半ばあきらめかけながら、ダンは、いくつかの「絶対ダメなバージョンの手紙」(同、140 頁)を書いた後、「ファグのカップルに赤ん坊を預けそうな女の子像」(同、142頁)を突然思い浮かべる。

名前はスーザンで十六歳。両親は原理主義的キリスト教徒。スーザンは妊娠してしまうが、両親は中絶を許してくれない。子どもを生かす選択をすべきだと両親は言う。しかしスーザンは自分一人で子どもを育てられず、赤ん坊の父親と結婚する気はない。彼と寝ていたのは両親が彼を嫌っていたからで、彼女自身が彼に魅力を感じていたためではなかったから。(略)スーザンはその子に自分と同じような子ども時代を味わわせたくなかった。在宅教育、クリスチャンのサマーキャンプ、祈禱会、若者の修養会。だったら子どもを養子に出したほうがいい、とスーザンは決意した。
(略)カウンセラーが彼女のために「親愛なる生みのご両親へ……」の手紙を集めたファイルを作成する。それをペラペラめくっていた彼女が僕たちの写真を見つける。その三か月後、スーザンは赤ん坊を出産し、僕たちがその子を養子にもらう。「ママ、パパ、聞いて」と病院から帰ったスーザンは言う。「赤ちゃんはファグたちにあげたわ! ママたちも喜んでくれるでしょ! 中絶させてくれなかったから、あなたたちの孫をファグのカップルにあげたの!」(本書、142‐143頁)

自分たちの価値観を押し付けてくる両親を嫌い、反逆を企てる女の子。自分が生む子どもには世界が多様な価値で溢れていることを知りながら自由に育って欲しい――そう心の底から願う女の子こそ、ダンとテリーが理想とする生みの女の子像なのだ。2人が「スーザン・シナリオ」と呼ぶこのストーリーに従ってダンはまだ見ぬ生みの女の子に向けて手紙を書く。そんな祈りのような手紙を読み「二人は他の人たちとは違っていたから」(同、210頁)という理由でダンとテリーを育ての親に選んだのが、どこか物憂げでクールな雰囲気をまとうストリート・パンクの少女、メリッサだった。ゲイのカップルとストリート・パンクの少女。それぞれがそれぞれ、少しずつ「普通」の価値観からずれていて、その分余計に愛おしい。祝福を運命付けられた幸福な出会いが、ここにはある。

出会うべくして出会った3人は、限られた時間の中でお互いの距離を縮め合いながら、運命の時を待つ。それは、ダンとテリーにとってはわが子を迎え入れ、メリッサにとってはわが子と別れる瞬間でもある。だからその描写は、美しく、そして、あまりに痛々しい。

そのときメリッサがくずれるように背を丸めて泣きじゃくり始め、廊下でテリーが僕を待っているのが見えた。僕はメリッサを見て、ベッドに近づいていった。過去六週間を振り返っても、病院でのこの二日間でさえも、メリッサと僕は一度もお互いの身体に触れたことがなかった。僕はベッドまで歩いて行き彼女の肩に手をかけた。メリッサは泣き止んだ。僕に触れられたショックからだったのか、僕がまだ部屋にいたと知って驚いたせいだったのかはわからないけれど。
「僕たちは二人ともハグするようなタイプじゃない。きみも僕もね」そう言っている自分の声が聞こえた。メリッサはうなずいた。「でもありがとうメリッサ。すごく感謝してる。きみはずっとあの子の人生に関わり続けるし、あの子は自分の母親が誰かちゃんとわかって生きることになる。きみは彼に会えるし、彼を愛せる。彼もきみを愛すだろう。きみはずっとあの子の母親だ。たった一人の母親なんだ」
メリッサの肩が激しく上下し始めた。(同、344頁)

どうしてここまで赤裸々に書く必要があるのか、不思議だった。メリッサ自身が望んだ、正当な手続きを経た行為であるとはいえ、ダンとテリーが子どもを授かることはメリッサから子どもを奪い去ることでもある。それは正しいことなのかと、心のどこかでひっかかっていたのだ。本当は最初から最後まで消えなかったこの疑問は、その瞬間の描写が繊細であればあるほど、心の底のほうから噴き出そうとする。疑問をなだらかに抑え込み、何事もなかったように描写することだってできたはずなのだ。これほどの筆力を持つ人なら。だとすればこの子細な描写は、著者の強い意志によって「書く」と選ばれた決断の賜物であるはずなのだ。でも、どうして?

もしもこの本が、特定の誰かのために書かれた長い手紙だとしたら? 次々と浮かんでくる様々な疑問に思いをめぐらしているうちに、私はそんな考えを手放せなくなった。その手紙は、ダンとテリーによって彼らの両親の名前を取って名付けられたダリル・ジュード(D.J)という赤ん坊に宛てて書かれたものだとしたら? ダンとテリーがメリッサから子どもを奪い去ったのは、彼らがD.Jと出会った瞬間にD.Jへの深い愛を自覚したからだったとしたら? メリッサにはD.Jを愛するのと同じくらい突き詰めてみたい生き方があったのだとしたら? 連想が連想を呼ぶ――。

確かにこんな空想はすべて、大人たちの身勝手な欲望を正当化する言い訳に過ぎないのかもしれない。それに、欲にまっすぐであればあるほど大人たちは誰かを傷つけ、傷ついている。しかし、幸運なことにこの本に登場する大人たちはみんな不器用だ。不器用な大人たちは、自分たちの行為が完璧でないことにふと気づく。生まれてくる子どもへの深い愛を自覚できていなかったメリッサも、自らの行いが人をひどく傷つけうることを知らなかったダンとテリーも、この本の中では等しく未成熟なのだ。しかし未成熟であるがゆえに、D.Jに向けられたダンとテリーとメリッサのこの上なく深い愛情に、私たちは触れることができる。だからD.Jの誕生に真の意味での悲劇はない。あるのは、特別な親密さで結ばれた大人たちによる祝福なのだ。

もしかしたらD.Jが生まれてから19年後のある日、私たちは不寛容な大人たちが無抵抗の誰かを口汚く罵るもの悲しい光景を目の当たりにしているかもしれない。最悪な状況に絶望しているかもしれない。でも、そんなときは、特別に不器用で、未成熟で、だけど最高にキュートな大人たちが親密な人のために書き綴ったこの手紙を読み返せばいい。そのとき私たちは、「きっと、大丈夫だ」と誰かが囁く声を聴くだろう。

マネたまご マネたまをフォローすれば最新記事をお届けします!
運営会社 | Copyright © kaonavi, inc. All Rights Reserved.