2017/08/18 公開

子どもはもっと「不道徳教育講座」編

沈黙にベストセラー その8

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息子のことが分からない。

娘の気持ちが分からない。

思春期を迎えた自分の子供と、何を喋ったらいいのか分からない……。

親の悩みナンバー1、答えのなさナンバー1、そんな相談をつい先日、40代半ばの先輩から受けました。先輩は、都内にある収録スタジオで照明技師をしているモトキさん。大学時代に私はそのスタジオで半年ほどアルバイトをしていて、その時にずいぶん仲良くなり、今にいたるまで10年以上お酒を御馳走になっています。

そんなモトキさんから呼び出しを受けて、いつも一緒に飲む新宿の居酒屋に出向くと、彼は暗い顔でカウンターに座り、ちびちびと酒をすすっていました。暗い顔の理由は、彼の息子の「日頃の行い」が悪いことでした。聞けば、今月に入って2回も(しかも2週連続で!)学校から呼び出しを受けたそうなのです。

「あいつ、先生のことナメてんだよな……」

「いやいや、先輩だって先生ナメてたでしょー」

先輩が深刻そうに漏らした一言に、軽い気持ちでコメントしたのが間違いでした。ジロリ。先輩の目玉がゆっくり動いて私をまっすぐ捉えます。ジ、ロ、リ、息がつまる沈黙が続き、この目つきは怒られるヤツだと身構えたとき、先輩が大きくため息をつきました。

「問題は妻なんだわ」

そう言って一気に酒を飲み干した先輩は、おちょこを頭上にかかげ、カウンターの中の副店長に「おかわり」することを身振りだけで伝えました。

「妻がね、このままじゃ不良になるってパニックになってるのよ」

学校をサボったくらいで大袈裟だな、と思うものの本音は心の奥に押し込めて、リュックに手を伸ばし、iPad を取り出します。いい本があるんです。

「『学校の先生を内心バカにしないような生徒にはろくな生徒はない。教師を内心バカにしないような生徒は決してえらくならない』」

「なんだそれ」

「三島由紀夫の言葉です」

え、三島由紀夫? という表情の先輩に、iPad を手渡します。

人生と生活を軽蔑しきることができるのは、少年の特権です。
先生にあわれみをもつがよろしい。薄給の教師に、あわれみを持つがよろしい。先生という種族は、諸君の逢うあらゆる大人のなかで、一等手強くない大人たちなのです。ここをまちがえてはいけない。これから諸君が逢わねばならぬ大人は、最悪の教師の何万倍も手強いのです。
そう思ったら、教師をいたわって、内心バカにしつつ、知識だけは十分に吸いとってやるがよろしい
(三島由起夫『不道徳教育講座』角川文庫、1997年、18頁)

読み終わった先輩が顔を上げますが、眉間にシワが寄ったまま、あまり感心していないようです。ここで大事なことを思い出しました。モトキさんは地元の少年野球のコーチをやっていて、限りなく「先生」に近い立場の人間なんです。曲がったことは大嫌い、投げる球種はストレート、坊主頭に浮かんだ血管、みるみるピクピクしています。これはやってしまいました。差し出すベストセラーを間違えました!

「……息子さん学校サボって何やってるかって、奥さんから聞いてます?」

先輩からiPad を受け取り、このさい話を変えちゃいます。悔しいけれど三島由紀夫は忘れましょう。

「家でホラー映画とかゾンビの出てくるドラマばっかり見てるらしい」

「いい趣味してるじゃないですか」

ジロリ、再び先輩に睨まれます。自分ではいつもと変わらない会話のつもりですが、こんなにトゲトゲした雰囲気になったのは初めてです。やはり、他人の家の「教育」に口を挟むのは得策ではないようですね。それを実感したうえで、でも……。

「そんなの問題ないって、三島由紀夫も言ってますよ!」

こらえきれずに、iPad の文章を読み上げてしまいます。だって、三島由紀夫がいいこと言ってるって心から思うから!

教育的見地から考えて、われわれの子供のころより、今の子供が恵まれている。と思われるのは、少年時代から「悪」に鍛えられているということだと思う。
映画やテレビで、しょっちゅう悪者に親しませておけば、社会へ出てから、大人の社会の悪におどろくことが少なくなり、「悪」に対して免疫性になる。(略)そのためにも、私はむしろPTAの志すところと反対に、悪者が必ず勝つような映画やテレビをもっと沢山子供に見せるべきだと思うのです。
(同、280頁)

「まあ確かにホラー映画も反面教師としてはアリだわ」

風向きが変わってきました。これは、いける。慎重に見極めていけば、刺さる引用を差し出すことが出来るかもしれません。

「つうか、さっきから読んでるコレ、なんなの? 三島由紀夫って難しい漢字いっぱいのザ・文学みたいなイメージだったけど」

「これは『不道徳教育講座』と言いまして……」

コンパクトかつ手短に、この本の解説をします。『不道徳教育講座』は三島由紀夫が「週刊明星」で女性向けに連載していたエッセイ集で、1959年の年間3位に輝いた大ベストセラー。「スープは音をたてて吸うべし」「友人を裏切るべし」「恋人を交換すべし」と、三島がすすめる不道徳の数々は、たとえばリリー・フランキーのようなオジサンが飲み屋で語ってくれる皮肉の効いた小話のようになっていて、まったくザ・文学ではないのです。〈うわべだけの道徳に反逆すべし〉そんな三島由紀夫のメッセージは10代の少年少女の心に深く深く……。

「なんでも良いけどさー、俺は単純に、ウソつかれるのが嫌なんだよ」

私の解説が終わるのを待たずに、先輩が話題を上乗せしてきます。まるで話を聞いてない。上等です。最高の引用をお見せしましょう。

「ウソが嫌ならココ!」

ウソつきなら、毎日映画館やスケートリンクへ行っているとウソをついて、学校へ通ってみてはどうですか。
すべてウソは独創性である。他人からぬきん出て、独自の自分をつくり出す技術である。
(略)
本当にウソをつくには、お体裁を捨て、体当たりで人生にぶつからねばならず、つまり一種の桁外れの正直者でなければならないようです。
(同、23頁)

「無茶苦茶だな」

フフっと先輩が笑いました。やりました。ようやく彼の心に響きました。本当にウソをつくには人生に体当たりでぶつかる必要があって、桁外れの正直者にならなくてはいけない。私にも意味は分かりません。でも、「ウソが嫌だ」という父親に反逆するには「映画館に行っているとウソをついて学校に通う」しかないのではないでしょうか。

1959年に攻撃対象となった「道徳」は今でも「社会の圧力」として存在しています。若者向けの雑誌に連載されていたとはいえ、皮肉とトンチの効いた『不道徳教育講座』は、むしろ子育てに悩む親世代の気持ちを楽にするはずだ。そう思って、駅の改札。お礼を言って別れる前に、先輩に声をかけます。

「先輩も息子さんみたいに会社サボったり、ちょこちょこ悪いことしたほうがいいですよ」

「はあ?」

私の皆さんに忠告したいことは、不道徳を一つだけ持っていると危ない、できるだけ沢山持って、その間のバランスをとるようにすべきだ、ということです。
(略)
九十九パーセント道徳的、一パーセント不道徳的、これがもっとも危険な爆発的状態なのであります。七〇パーセント道徳的、三〇パーセント不道徳的、ここらが最も無難な社会人の基準でありましょう。このパーセンテージは、なかなか数学的に行かないのであって、一パーセント不道徳氏のほうが、三十パーセント不道徳氏よりも、ずっと犯罪の近くにいることが多い。
(同、138頁)

フフっと先輩がまた鼻で笑いました。高校球児のような爽やかな坊主頭で、生え際のあたりをポリポリとかいています。

「妻は説得できないだろうけど俺の気は晴れたわ」

「ごちそうさまでした!」

深く頭をさげ、しっかりお礼をします。顔をあげると、先輩はニンマリした悪い表情に変わっていました。完全に悪巧みした坊主の顔です。

「ちょっと悪いこと、してくるわ」

じゃあ、と片手をあげて、山手線に乗るはずの先輩が地下鉄の乗り場へ歩いていきます。新宿駅の人ごみに紛れて先輩はすぐに見えなくなりました。時計を見れば22時半。こんな時間から、いったい何をするのでしょうか。でも大丈夫。ちょっと不道徳なことは、無限にありますね。

沈黙にベストセラー、それではまた次回。

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髙畑鍬名(たかはた・くわな)
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