2017/05/23 公開

60年前から続く呪い「女性に関する十二章」編

沈黙にベストセラー その5

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大学時代の先輩がテレビ局に勤めていて、去年、念願かなってドラマ班に異動となりました。そんな彼から連絡があり、マンガや小説を読んで、それらがドラマ化できるかどうか簡単な企画書にまとめる仕事を始めて、もうすぐ一年。

あらすじをコンパクトに記し、主な登場人物をその魅力とともに書き出し、映像化するにさいしての強み、弱み、そのジャンルにおける物語の新鮮み、などなど。思いついたことは備考欄に書き込みます。マンガに強いリサーチャーは他にもいるとのことで、私は主に小説を担当することになりました。本格的な企画書のための超シンプルな企画書を10本まとめて、月に一度、テレビ局に出向いて打ち合わせに参加します。今回も、壁が全面ホワイトボードになっている会議室で、先輩が彼の上司であるチーフ・プロデューサーの女性に企画書を手渡しました。

「うーん、そうねえ……」

女性のチーフ・プロデューサー(以下、CP)が企画書に目を通します。ちなみに先輩は37歳、女性CPのTさんは44歳で、ともに独身です。

「いや、面白いんだけどさ、なんか求めてるのと違うな」

「求めてるもの、というと?」

先輩が訊き、Tさんが眉間にシワをよせて考え込みます。

「ひとことで言えば……そうねえ……」

眉間にシワがよったまま、思ったよりも長い沈黙が訪れます。

「呪いを解く物語ね」

どういう意味だ、という顔で先輩が私を見ます。『逃げ恥』のことだ、とすぐに分かりました。

「〈そんな恐ろしい呪いからはさっさと逃げてしまうことね〉って話ですか」

そう答えると、Tさんはゆっくりと頷きました。

2016年を象徴するテレビドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』は、まさに〈呪いを解く物語〉でした。この場合の「呪い」とは、世間的な批判・抑圧を自分でも気がつかないうちに信じ込んでしまうことです。モテるが勝ち的な恋愛至上主義、若さやルックスで人間を判断する外見至上主義、仕事と家事の上下関係、などなど、『逃げ恥』はさまざまな「呪い」の存在を明らかにして、それらを解いていきました。

でも、そんな物語は、なかなか簡単に見つかりません……。と、諦めかけたところ、ふと、60年前のベストセラーのことを思い出しました。

「小説じゃなかったら、あるんですけどね」

そう言いながらTさんにiPadを手渡します。

「女性に関する十二章? なにこれ、論文?」

いいえ、エッセイです。『女性に関する十二章』というのは、1954年にベストセラー第1位となった本で、小説家の伊藤整によって書かれた婦人向けのエッセイ集なんです。

とにかく「愛」というものが存在して結婚するものとすれば、愛は、結婚後三日目、三カ月目または三年目で消滅するのが普通です。
(伊藤整『女性に関する十二章』中公文庫、2005年、58頁)

簡単に申しますと、体面や名誉や道徳心を傷つけられることを恐れる人は、結婚生活を営むことが難しくなってきます。
(同、164頁)

「へー、60年も前から、こんなこと」

おもしろいじゃない、という感じでTさんがPDFをめくっていきます。

「これは、どんな呪いを解いてるわけ?」

TさんがiPadに目を向けたまま質問します。

「ゼイタクハ敵ダ」

「え?」

驚いたTさんが顔をあげて私を見ます。

「結婚報国、生メヨ、殖ヤセヨ」

「戦時中のスローガンか」

先輩が言うとTさんも、ああ、という顔になりました。

「このエッセイは、戦時中に『欲シガリマセン勝ツマデハ』って呪いをかけられてきた軍国少女に向けて書かれているんです」

「1954年の『呪い』を解く……」

そう言いながら、Tさんが続きを読んでいきます。

日本では、今でもまだ、我慾が悪いもので秩序の方が大切だと考えられがちです。封建的な制度は、我慾は悪いものであるから、それを消さねばならないという考えをもとにして成立しています。その場合、国家とか、王とか、家庭が、個人の我慾を消すことによって安全になるのだ、と教育されます。私たちが、戦争中まで受けて来た道徳教育なるものは、専ら我慾を消して、自分の生命を、国家や王や家族のために犠牲にしなければならない、ということでした。男は戦場で死ぬのが善であり、女は身売りして家を救うのが善でした。
(同、134−135頁)

「自己犠牲が美徳になる空気って、今でもある。60年前からずっと、問題になってるわけね」

「そうなんです。自分の欲望も認めて、他人のも認めて、なんとか折り合いつけていこうぜって60年やってて、まだうまくいってないんです」

男と女が愛し合うことが自然であり、親が子を育てることが自然である。自分はそのような生活をしたい、と決心したら、道徳や約束や論理などを、その生活に合うように作り直したり、忘れてしまったりして、その生活を大事にするように臨機応変に生きたらよいのです。よい事は理窟を貫くことでなく、オテイサイにこだわることでなく、まして他人に教えられた道徳などを後生大事に守ることでもありません。自分の本能と欲望と執着とを生かし、他人のそれもできるだけ生かすことです。本能の方が永遠のもので、政治形式や文化的流行次第でどうにでも変わる道徳という間にあわせの約束よりもはるかに大切です。
(同、166−167頁)

「ほんとだ、呪いの解き方が書いてる。でも、これを実戦するのは難しいわね」

そう言ってTさんがiPadを返してくれました。せっかくなので先輩に手渡して、彼にも読んでもらいます。

「でも、ドラマにするには難しいかな」

「大ヒット作ってことで、映画化はされてるみたいなんですけどね」

など、やりとりを続けていると、ぱらぱらページをめくっていた先輩が「お!」と声をあげました。

「なんか、人事部にいたころ上司に言われたようなことが書いてある。ちょっと読みますね」

愛というのは極めてストイックな生活の中にしかあり得ないもので、バランスの操作が大変難しいものです。たとえば、何人もの子供を持っている母親が、その子供の一人一人の性質を考えて、それをはぐくみ、兄妹の中で調和させ、世の中にうまく合わせて送り出してやる。そういう時の大きな弾力のある、その人の立場になって考えてやる心の動きが愛です。
(同、59頁)

「人事部にしては素敵すぎない?」

「素敵でいいじゃないですか。愛とは、大きな弾力のある、その人の立場になって考えてやる心の動き。その通りですよ」

という二人のやりとりを黙ってみていたら、TさんがiPadを先輩から奪い取り、ふたたび私に渡します。

「この本、買うか買わないか迷ってるんだけど、一番あなたがグッときた部分を教えてよ。そこ読んで決める」

結びの言葉が、とってもいいんです。伝わるといいな、と思いながらiPadを渡しました。

私たちの足下には常に深淵が口をあいているようなもので、女性は常に、この旦那さま、この愛人と別れる日がいつ来るかもしれない、と考えるべきです。愛が人間の全部ではなく、男女の愛や肉体は永続するものではありません。そしてそれを一度よく考えてからそれを忘れて、その日、その時の生活の楽しさを十分味わって生きることがよい、と思われます。
(略)
明日には明日の愛があります。今日は今日の愛で満ち足りているべきです。
(同、192−193頁)

「悪くない。悪くないね」

Tさんは口もとをニヤリとさせました。「悪くない」というのは、彼女のなかでは評価かなり高めであることは、先輩から聞いています。しかし、これまでの打ち合わせでは一度も「悪くない」という言葉が口にでることはありませんでした。

明日には明日の愛がある。今日は今日の愛で。私たちはそれぞれに、60年前から続く「呪い」を解いていきましょう。

沈黙にベストセラー、それではまた次回。

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髙畑鍬名(たかはた・くわな)
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