2017/02/10 公開

時をかけるオジサン

沈黙にベストセラー その2

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今回は、学生時代にお世話になっていた編集プロダクションの忘年会に、久しぶりに参加したときの話です。

その当時、ハリウッド・セレブのゴシップ雑誌を作っていたんですが、そこの社長が「昔はよかったオジサン」なんです。もう十年のつきあいで、今年50歳ですから、40歳のころから「昔はよかった」ばっかり言っていて、二人いる女性スタッフからも、唯一の男性スタッフからも、もうまったく相手にされていないタイプの社長です。

その日、一次会で社長は機嫌よく喋っていたんですが、二次会からはパッタリと喋らなくなってしまいました。二次会に選んだ会場が間違いだったんですね。女性スタッフ二人が22時に帰ったタイミングで、二次会はキャバクラに行くことになったんです。社長が全部だすとのことで、じゃあ、それだったら、と、行ってしまったんですキャバクラに。社長と、私と、男性スタッフの高橋さんの三人で。

キャバクラにいた思わぬ先客が、社長のテンションを下げたのです。連れていかれたお店で、社長が独立する前に働いていた大手出版社の社員たちと鉢合わせしてしまったんですね。入店してすぐに、こちらの存在に気づかれアレヨあれよと一緒に飲むことになりました。

はっきり言って、ひどい酒の飲み方をする人たちでした。四人いる先方の男性のなかで、一番若く見えるメガネ男子は、お酒が苦手のようで、先輩たちはそのことを冷やかしながら彼にハイボールをどんどん飲ませていました。彼がトイレに逃げていくと、今度は、女性キャストたちにスマホの画面をみせて、そこに映し出されたアイドルの水着姿のように、胸の谷間を強調するポーズをリクエストして盛り上がっています。

終電があるので、と言って帰ろうとすると、俺も失礼するわ、と社長が立ち上がりました。一緒に来た男性スタッフの高橋さんは、アイドルの話で向こうと意気投合したようで、おつかれさまです、という会釈で我々とのお別れの挨拶をすませ、「次はこの子の時代ですよ」と言いながら、嬉しそうにスマホの画面を見せて盛り上がりの輪に戻っていきました。

社長と無言のままエレベーターに乗り、無言のまま駅へと歩きます。

気まずい沈黙が二人の間で、ドンヨリしていきます。なぜかというと、「昔はよかった」という社長の口癖を、かつての同僚たちが、キャバクラの女の子たちに連呼していたからです。嫌いな奴らに同じ言葉を使われて、思うところがあるのでしょう。すると社長が―

「あいつら、昔はよかった昔はよかったウルセエっつーの。昔からクソだっつーの。クソなまんまで何にも変わってねえっつーの」

「その通りですね」

「お前もそう思う?」

「はい。700年前から」

「え?」

「700年前から何も変わってないッスね」

社長の顔を見ると、もっと説明が必要だと思い、徒然草の話をしました。

世の中には納得のゆかぬことが多い。何かことがあるとまず酒を勧め、強いても飲ませることを興がる人がいるが、いかなる理由によるのかまったくわからない。無理強いされて酒を飲まされた人が顔をしかめ、一目を逃れて酒を捨てて逃げようとするとあとを追いかけて、引き止め、さらにじゃんじゃん飲ませる。そのうち、日頃は端正な人も、狂人のようになってばかなことをし始める。健康な人もみるみるうちに重病人のようになって、前後を忘れて倒れ伏す。祝宴の日などはもうたいへんである。(「徒然草」第一七四段)

このあたりの話を、かいつまんで説明すると、社長の顔が明るくなりました。もっと元気になってもらいたくて、こんな話を重ねてみます。

「あの人たちの飲み方も、最低でしたよね」

「そうだな」

「それも昔から変わってないんです」

最近話題になった出来事を言い広めたり、うれしげに語るさまは見苦しい。話題がすっかり忘れ去られる頃まで知らずにいる人こそ奥ゆかしい。新しく場に加わった人がいるとき、言い慣れた話題やものの名を内輪だけに通じるような略語で言ってみたり、目くばせして笑ったりして、勝手がわからない人が当惑するように仕向けることは、世を知らぬ下品な人が必ずすることである。(「徒然草」第七八段)

「え、それ700年前に書いてんの?」

「はい」

「徒然草、わかってるな」

「まだ、あるんです。社長、キャバクラいくときタクシーのなかで、いい女の見分け方について語りましたよね」

「ああ、髪の手入れに出ちゃう話?」

「あるんです」

女は髪の美しいのが見た目ではまず一番。でも、人柄や気品は口をきかないとわからない。(「徒然草」第九段)

さすがに社長も驚いたようで、さらに声も明るくなり、徒然草の話をしているうちに、池袋駅のすぐ近くにつきました。終電の一つ前の電車に間に合いそうで、こいつはラッキーと思っていると、社長がタクシーをひろうために手を挙げました。

「もう一軒いこう。全部だすから」

「どこ行くんスか?」

「ガールズバー」

「え?」

「キャバクラで傷ついた心はガールズバーでしか癒せないんだよ」

「あれ、それ、元ネタなんでしたっけ?」

「ガールズバーいったことある?」

「ないです」

何事も経験ということで、新宿のガールズバーに移動しました。そこでも社長は黙っていましたが、それはキャバクラでの痛々しい沈黙ではなく、ガールズバーの女の子の話を聞きながら、嘘みたいに、美味そうにウーロンハイを飲んでいます。我々についた女の子は、ショートボブくらいの長さの髪を金色に染めているギャルで、ややパサついた髪の毛をしていましたが、でも、そこは徒然草、人柄や気品は口をきかないとわからない。

「さっきー、お店まで歩いてくる時にアタシ、テレビの取材うけちゃったのー」

そう言いながら、女の子が新しいウーロンハイを作ってくれます。社長はニコニコしているだけなので、私が「どんな取材だったの?」と質問します。

「なんかー、情けなくて恋人に見せられない姿についてのアンケート?」

「なんて答えたの?」

「眉毛? 抜いてるときは無理すぎるっしょー」

驚いて、バッと横を向き、社長を見つめました。驚きが通じたようで、社長も、私を見て、まさか……という顔になりました。

「徒然草か?」

「枕草子です」

これぞ“もののあわれ”と伝わってくるもの。
洟を垂らし、ひっきりなしにかみながら何か言う声。眉を抜く時の顔。
(「枕草子」八五段)

「ねえねえ、なんの話それ?」

「700年、いや、1000年前から、何も変わってないって話」

「やだー、不気味な話?」

「違う違う。じゃあさ、たとえば、なんか悩みとかある?」

話をするのは私の役目で、社長は引き続きニコニコと黙っています。

「彼氏なのかセフレなのか良く分かんない男がウチに遊びに来るとか言ったくせに結局こない、みたいな? 夜メシも食べずに待ってたのにさー、しかも次の日になっても連絡こないの、ひどくない?」

女の子から同意を求められているのに、社長は顔をこちらに向けて、目を大きくさせました。

「あるのか?」

「あります」

きっと来る、と思っている相手を、一晩中起きて待ち明かして、明け方頃にほんの少し忘れて寝入ったところ、烏がすぐ近くで「カァ」と鳴くので目を開けてみたら昼になっていたりして、あきれ果てるのです。(「枕草子」九七段)

「わかるー! アタシも救急車のサイレンとかで目さめて何だよモウ昼じゃねーかよバカヤロウって思うときあるー!」

女の子が清少納言に共感しました。

「LINEとかメールでさ、何でこんなこと書いちゃったんだろうって後悔したことある?」

「めっちゃあるー」

「1000年前も」

こちらから出す文でも、人からの文への返事でも、書いて持っていかせた後に、一文字二文字、直したくなった時。(「枕草子」九五段)

「すごーい! ねえ、お兄さん、それ何て本に書いてあるの? ちょっとここに書いて。あした本屋いく」

女の子に渡された紙ナプキンに『枕草子』と書いて、彼女に見せました。

「まくら? くさこ? あ、アダ名かな? みじめじゃん、1000年前はシャンプーなかったってこと?」

人柄や気品は口をきかないとわからない。最高の人柄だ。そう思いながら、紙ナプキンに「まくらのそうし」とフリガナをふり、河出書房新社、日本文学全集07、3024円と、スマホで検索して出てきた情報を書き足しました。

「えー? 3024円? やだー」

「オジサンが買ってあげるよ?」

社長が初めて女の子に話かけました。

「ほんと? いいの?」

そう言って女の子が紙ナプキンを社長に手渡します。

「『昔はよかったオジサン』は卒業だ」

そう言って社長は、紙ナプキンをシャツの胸ポケットに入れました。

「君、次はいつ出てるの?」

女の子のシフトを確認した社長は、会計をすませ、満足した表情でコートを着ました。お店を出たのは三時半ごろだったと思いますが、ガールズバーを出て、歌舞伎町を歩きながら、社長に「ごちそうさまでした」と伝えます。

「ホレたんですか?」

そう訊くと、最高の笑顔が返ってきます。

「これでタクシー乗りな」

そう言って社長は五千円札を手渡してくれました。感謝をして、年の瀬、せっかくですから、ずっと訊いてみたかった質問をぶつけてみます。

「社長は、結婚したいとか思うんですか?」

「くだらねえ質問だな」

「キャバクラとかガールズバーって何で行くのかなって」

「徒然草には書いてないのか?」

「ガールズバーですか?」

「結婚だよ」

「ありますね」

「じゃあ、それが俺の意見だよ。たぶん一緒。徒然草を書いた奴は俺のこと良く分かってる。今日から俺は『700年前から変わってないオジサン』になるぞ」

「いいと思います」

「3024円は高いけどな、2冊買うってなると」

大通りに出て、タクシーをつかまえます。

「ガールズバーで傷ついた心は、どこで癒すべきか相談のりますんで連絡くださいね」

「そうだな、ガールズバーで傷ついた心は、結婚でしか癒せないかもな」

「いや、そこは『失恋前提かい!』とかが欲しかったですね」

私の発言の意図を理解するまでの少しの間、明るい沈黙が訪れます。

「最近の若い奴は真顔でボケるよなあ」

そう言って首をかしげ、笑いながら社長はタクシーに乗り込みました。そのタクシーが見えなくなるまで、通りに立って見送ります。どうか社長が本当に、日本文学全集の第7巻をガールズバーに持っていってくれますように。それだけを願います。遠くなっていくタクシーめがけて念を送ります。

社長、その本は表紙が薄い桃色で、女の子にもウケがいいと思います。たしかに3024円でちょっと高いけど「枕草子」「方丈記」「徒然草」の現代語訳が一冊にまとまっているなんて、とってもお得ですよ。

タクシーが左折して、見えなくなりました。

がんばれ、恋する700年前から変わってないオジサン。

沈黙にベストセラー、それではまた次回。


本文中の「徒然草」「枕草子」の引用は『枕草子/方丈記/徒然草 (池澤夏樹=個人編集 日本文学全集07)』(河出書房新社、2016年)による。

photo by myboogers

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髙畑鍬名(たかはた・くわな)
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