2016/11/24 公開

なぜ「おひるねアート」は急成長したのか? 仕掛け人・青木水理が語る「自分は何もできない!」を認めるマネジメント術

「働く女性」の未来像

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「私は何もできない」と潔く認めることにしました。そうすると、人にぐんと恵まれるんですね。皆助けてくれるんです。

きっかけは、ブログに写真をアップしたこと

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――まずは青木さんのご経歴から伺わせてください。

青木水理(以下、青木) トリマーの専門学校を出て、ペットショップのトリマーとして2年働きました。結婚も出産も早くて、9歳上の夫と20歳で結婚、22歳で子どもを産んで専業主婦になったんですが、そこで「ベビーサイン」という育児方法を覚えまして。

――ベビーサイン?

青木 はい。耳慣れない言葉かもしれませんが、言葉をまだうまく話せない赤ちゃんと意思疎通を取るための方法なんです。例えば赤ちゃんがおっぱいを飲みたいとき、こちらの手をニギニギっとして「これがおっぱいを飲むサインだよ」というのを見せていくと、そのうち赤ちゃんが自主的に覚えるんです。

――すごい! そんな意思疎通方法があるんですね。

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青木 そうなんです(笑)。このベビーサインには協会があって、その講師資格を取得し、6年ほど個人事業主として働いていました。月に100人の生徒さんを抱え、講師になって1年半で、その当時約700名いた講師の中で、新規生徒さん数の全国5位になったこともあります。

その後、上の子と5歳差で2人目の子ども(息子)を産みました。それから趣味で「おひるねアート」を撮影するようになったんです。息子が生まれて1ヶ月経った頃、上の子が夏休みで、暑くて外に出られなくて退屈している時、「面白い撮影の仕方はないかな?」と思って。
 
ちょうどロンドン五輪の時期で水泳の背泳ぎを真似したのか(笑)、息子が片腕を上げて寝ていたんです。そのスキを見てササッと服を水泳っぽいものに着替えさせてパシャッと撮ったら、すごく可愛くて。すっかりハマっちゃって、専用のブログを立ち上げて更新していたら、あれよあれよと言う間にそのブログが評判になりまして。

――その反響がきっかけで、最初の著書『赤ちゃんのおひるねアート』を主婦の友社さんから出版することになったと。

青木 当時、そのような写真の撮り方自体も流行っていたこともあり、企画書を持ち込んだらすぐに出版が決まりました。息子を産んでわずか4ヶ月の2012年の年末に企画を通して、3月に出版するというかなりの強行スケジュールでした(笑)。

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――そして、協会の立ち上げにつながるんですね。

青木 出版社を紹介してくださった、いまうちの協会の理事をやっている方に「おひるねアート協会を作らないか」と言われたんです。彼はベビーサイン協会の事務局長もやっていたので、私とも長い付き合いでした。ベビーサインの協会は円滑に運営できているし、同じように赤ちゃんがターゲットだから「うまく行くのでは」と言われて。ただ、その時は「思い出づくりに本を出せたらいいな」ぐらいにしか思っていなかったので、半年ぐらい保留にしていました。

――でも、結局は協会を作られた。何かきっかけになる出来事があったんですか?

青木 やはり、必要に迫られたことですね。本の出版を皮切りに、個人で行っていたにも関わらず、森永乳業さんのグローバルサイトのメインビジュアルに使用していただいたり、企業のテレビCMに作品提供が決まり、他にも次々と大手企業さんからの撮影会の依頼が来て、手一杯になってしまったんです。個人で請けられる仕事には限界があり、たくさんの仕事をお断りせざるをえない状況でした。こんなにたくさんのママや赤ちゃん達にニーズがあるのに、私一人では広げることが出来ない……と感じて、2013年10月に協会を立ち上げました。

――今月(注:取材は2016年10月に行なわれた)で丸3年目になりますね。

青木 そうです、丸3年。「まずは3年続けなきゃ」と思ってたら、あっという間ですね。おかげさまで正直、この1年は何をしていたか思い出せないほど忙しくさせていただいています(笑)。

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